看護師の不思議な体験談 其の六
見ると、自分の左手が誰かの手を握っていた。
壁から白い手が伸びており、その手とギュッと握手している自分。
一瞬の出来事だった。瞬きした時に、その手は見えなくなっていた。
Kさんはしばらく身動きとれずに、呆然としていた。
左手に残る感触。
でも、不思議と全く『怖い』と感じなかったそうだ。
左手を握ったり閉じたりしてみた。
(なんだったんだろう…)
そう考えていると、カンファレンス室の扉が開けられた。
「Kさん、起きた?そろそろだから、準備しておいで。」
先輩スタッフの声に、現実に引き戻された。
あわてて身支度を整える。
患者様との意思疎通はずいぶん前からできなくなっていた。それでも、とてもおだやかな表情でお亡くなりになったのを見て、きっと最後は苦しい思いをすることなく、天に召されたのだと思った。
家族と一緒に、着替えや清拭などの処置を行う。しわしわの骨ばった手のひらに触れた。
(あぁ…)
初めて涙が目に浮かぶ。
(きっと、あの時握手したのは…)
そう納得し、Kさんは患者様の骨ばった両手を取り、そっと胸の前で組んだ。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の六 作家名:柊 恵二