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夢と現(うつつ)

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 年老いていずれかが病に倒れたとき初めてお互いの存在が認め合えるように思う。死期を迎える時には感謝の言葉もでてくるだろう。そして『もっと早くできたのに』と後悔することになる。自分はまちがいなく後者だなと信二は思った。
 何をもって良し悪しとするのかはひとによって異なるだろうが、自分は決して良い旦那では無かったと思う。しかし自身のことは棚に上げて信二はこんなことを考えたことがある。
 この日本(くに)には一億人を超える人口がある。その半分が女性として五千万人、その一?が自分の伴侶として対象と考えるとおよそ五十万人。(五十万分の一がお前かよ)俺も早まったものだ。もっと他に良い選択肢が有ったろうに。
 見るからに老けて所帯じみており、とても女を感じさせない女房を見ていると一緒に連れて歩く気にもならない。見掛けだけではない、たまに外食に誘っても何やかやといちゃもんを付けて素直さが無い。
 綺麗で教養の有りそうな婦人を伴って散策している同年代の夫婦を見掛けると羨(うらや)ましくなる。佳代子はどう思っているのかな?お互いさまだろうな。あいつも俺など連れて歩く気はしないだろうな。
 後悔しても仕方無いが、俺はあいつのために何もしてやらなかったようだ。少しでも豊かな生活を求めて働きまくった。確かに物質的な豊かさは手に入れた。しかし、可処分所得のうちあいつのために使った部分は少なかった。
 若さや美貌を保つために投資をしたことは無い。結婚記念日やあいつの誕生日にどこかのレストランに誘ったことも無かった。欧米人のように、一緒にムードある時間を過ごしたり、歯の浮くような言葉をかけたりなど照れくさくてできなかった。それよりも、何よりも子育てや生活に追われていた。
 無駄のように思える見掛けや心の部分に全く投資していないのだから自分にも責任がある。他人(よそ)の奥さんと比べてブスだなんて言えないわな。だからといって今から努力しても過ぎ去った若さには間に合わない。
 後から取り返そうと思ってもできない現実があることに信二は残念だなと思った。夫婦の会話が無い訳では無いが、お互いを誉め合うような思いやりと余裕は持ってないし、そんな習慣は持ち合わせていなかった。
 今さら女房を取り替えることもできないしまぁ、逃げられないようにこれからは少々無駄に思える投資もしてみよう。せめて仲良く暮らした方が幸せだろうと考えた。こんなふうに考えられる自分はまんざらではないなと信二は思った。

 しかし『別離(わかれ)』の時を迎えたときには、全く異なる生き様の方がお互いの負担を軽くすることに後日、信二は気付くことになるのであった。
 
       無医地区
 二月に入り節分を迎えた。最近どうも落ち着きが無いことに信二は気付いていた。
 終末期を迎えた患者の体験や鈴木運転手の話しが頭から離れない。半年後には定年になる。そんなこんなが原因なのか、妻の佳代子との老後の生計や付き合い方も気に掛かりだした。子供や孫たちを含めた今後もある。ホスピスでの仕事には誇りを持っているはずだが何に揺さぶられているのか分からない。
 次元は違うが、医者としての良心を求めて思い悩んだ中村外科医の心境に似ているような気がした。『彼に会ってみよう』無性に会いたくなった。
 自分の非番と合わせて三日間の休暇を申請した。行くことを知らせようと思い受話器を取ったがダイヤルの途中でやめた。突然訪問した方がお互い感慨が深いと思ったからだ。
 佳代子には『中村に会ってくる』と告げただけで家を出てきた。佳代子も「そう、気をつけてね。今は寒い時期だからね」と何か察したように一言あっただけだった。
 長崎県壱岐市郷ノ浦町原島。住所と電話番号だけを頼りに出発した。長崎空港まではあっという間に着いた。まだ午前十一時を少し廻ったところだ。ここで飛行機を乗り換える。壱岐空港までは小型の飛行機が飛んでいる。天候が悪く五時間ほど遅れて出発した。着陸のときなどは激しく揺れた。出身県ではあるが壱岐は初めてだ。
 案内所で聞くと郷ノ浦港から一日四便のフェリーが出ていて最終便に乗れることが分かった。原島までは三十分程で着いたがけっこう揺れた。乗り物には自信があったが少し気分が悪くなった。時計を見ると六時を廻っておりあたりは真っ暗である。船着き場で聞くと診療所までは歩いて十分程度らしい。
 玄界灘からの風が冷たい。コートの襟を立てて風に向かって歩きだした。びっくりするだろうな。どんな顔で迎えてくれるかな。などと考えているうちに診療所に着いた。
『離島・へき地医療支援センター 原島診療所』と看板が出されていた。
 中へ入るとふたりの老婆が話している。診察待ちなのか、すでに終わって世間話しでもしているのか。暖房がよく効いている。畳の敷かれた待合室は八畳ほどの広さがある。『受付』と書かれた窓口で声をかけた。あまり年恰好の変わらない看護婦が応対してくれた。
「どうなされましたか?この付近では見かけない方ですが本島から来られましたか?」
「はい、大阪からやって来ました。診察ではありません。先生にお目にかかりたいのですが。加藤とお伝えください」
 少し驚いた表情を見せて看護婦は奥へ行った。
「おぅ、信二じゃないか。どこの加藤さんかと思ったよ」少しくたびれた白衣を着た時雄が満面の笑顔で迎えてくれた。
「どうしたんだ突然、連絡も無しに。まぁいい仕事は終わりだ寒かっただろう、まずは暖まれ」時雄は看護婦としゃべっていたふたりの患者を帰した。
「俺の部屋に行こう」時雄が招いた。隣に住居が与えられている。かなり古い家だが広さは充分なようだ。
「突然のことだから何の準備もしていないがまずは一杯やろう。コートを脱げよ。そこに座れ」ふたりは焼酎とお湯を目の前にしてするめで飲み始めた。
「ところで奥さんは?」姿を見せないのを不思議に思って信二が尋ねた。
「あいつか?ここへ来て半年も持たなかったよ。元々反対していたからな。大阪で生まれ大阪で育ったチャキチャキの大阪のおばさんだよ。いなか暮らしに耐えられずに出て行った。それからしばらくして離婚届けを送ってきたよ。何も聞かずに捺印して送り返してやった。それっきりだ」
「そんなもんかい?夫婦なんて」
「俺はここへ来て初めてあいつの本性が見えた。いや、あいつだけでは無いかも知れないが女の性(さが)を見た。悪い部分のな。心が狭いよ。夫婦という戸籍に縛られることは無いと感じた。さっぱりしたよ」こう言って時雄は少しの間黙り込んだ。
 言いたくないことも有るんだろうと思い信二が話題を替えた。
「急に逢いたくなってやって来たんだ。イト婆さんの件で医者の有り方に疑問を感じて消えて行った先生が妙に懐かしく思えた。血友病の遺伝子治療の話しなんかも身に詰まされたよ。
作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二