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夢と現(うつつ)

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 そして礼服にも似た真っ黒なスーツとシャツ、極端に派手なネクタイを買った。それでやめるかと思えば今度はメガネ売り場へ行き、全く奥が見えない真っ黒なサングラスを求めた。そして、「帰ろう」そう言うとさっさと駐車場へ向かって歩きだした。
 帰り道に信二はひと言も発することは無かった。
 病院に戻るとその足でまゆの部屋に向かい、パジャマをもらって喜ぶまゆの姿に満足したかと思うと、今度は院内の理髪店へ向かった。
 そこで店主に「つるつるにやってくれ」と命じた。かなり毛が抜けた頭だが半分以上はまだ残っている。スキンヘッドにすると言う。佳代子が制したが聞かない。
 病室に戻り、信二は鏡を見て満足そうな表情をした。そして佳代子に「もう、帰れ」と告げた。
 今日の信二は素早かった。健康なときでもこんなことは無かった。ある意味で優柔不断なところがあったのだ。レストランで注文するときでもなかなか決まらない。自分で『俺はA型だからな』なんて弁解する場面がいくつもあったのに。
 今日の態度には毅然としたものを佳代子は感じとった。暗に『何も言うな』と誇示しているかに写った。『帰れ』と言われて反論すらできない雰囲気が真二には漂っている。
 佳代子を帰した信二は時雄に電話をした。
「どうした?気分はどうだ」
「今日は良いよ。ちょっと気分転換に買い物などをしてきたよ。ところで会いたいんだが来られないか?」
 先週会ったばかりじゃないかと思いながら時雄は「気軽にあいよ、って出掛けられる距離ではないだろう。何かあったのか?」と問い返した。
「うん、まぁな。会って話しがしたい。あしたはどうだ?」
「分かった。けれどなぁ、明日は無茶だ。無理を言うな。俺にだって都合というものがある。これでも何かと忙しいんだ。二、三日待ってくれ。いつ行けるか連絡をする」
「分かった。早くな」
 受話器を置いた時雄はいつもと違う信二の態度に驚いた。何か決意みたいなものを感じ取っていた。

 翌日、信二は“黒”で身をかためた。黒のスーツにサングラス。そのまま詰め所の前を素通りして階下へ向かうエレベータに乗った。
 詰め所の看護婦が信二とは気付かず、その格好に驚いた表情を見せていたのを思い出して信二はほくそ笑んだ。無断外出である。ちょうど玄関で客を降ろしているタクシーを見つけて乗り込んだ信二はパチンコ屋へ行くように運転手に命じた。途中、コンビニの前で車を止めさせタバコとライターを買った。
 最近のパチンコ屋は外から見てもそれとは分からないような建て方になっている。土曜日とあって駐車場には朝から多くの車が停まっている。
 打つ台を探しているようなふりをして店内をぶらぶらと歩いてる信二は、周りの人たちがどんな目で自分を見ているのか気になった。すれ違う店員が立ち止まって礼をした。
 狭い台間の通路でひとりの客と肩が触れた。その客はその風貌をみて「あっ、すみません」と言って通路を譲った。だれが見てもその筋のひとに見える。比較的客が留まっている列を見つけ空いている台に座った。そしておもむろにタバコを取り出し、火を点けて吸い出した。吹かしているだけだが、さまになっている。一万円札を入れて玉を買い、打ち出した。しばらくすると両どなりの人が席を立ち、信二を避けるように台を移っていった。
 パチンコ台のガラスに写る自分の姿は結構、なり切っていると信二は思った。周りのひとには自分が不良(わる)に見えている実感を楽しんでいる。わざと足を組んでみたり、打つのやめて周りを見渡したりしてその感触を確かめてみた。視線が合うとだれもが目を逸らす。
 一万円はすぐに無くなってしまった。信二は立ち上がり、今度はスロットマシンのコーナに移動してコインを打ち始めた。その一角はやや照明が暗くされている。そこでも周りは信二を避けるように落ち着きが無い。
 やがてヒットしてコインが溜まり始めた。音楽が変わり信二の打つマシンは狂ったように連チャンする。いつもなら歓喜するのだが今日は醒めている。儲けることが目的では無いからだ。だれもが敬遠していると思っていたら、突然となりの客が話しかけてきた。
「来ましたね。さっきまでその台で打っていたんですよ。二万円も注ぎ込んだんです。私の分まで取り返してくださいよ」
 自分よりはるかに歳の多い老人だ。話し好きとみえて勝手にしゃべってくる。
「私はこの店には毎日のように来るんだけれど、あなたを見かけるのは初めてだ。家は近所なのかい?」
「この店は初めてだ。前を通りかかっただけだ。話しかけないでくれ」わざとぶっきらぼうに信二が答えた。怖がると思っていたのに老人はおかまい無しだ。
「そうかね。さっきから、にいさんの打ち方を見ていたんだがどこか投げやりなところがある。それだけ連チャンしているのに楽しさが感じられんのはなんでかな?」
 この老人は何かを感じ取っていると信二は思った。小悪党の格好をして集団の中に立ち、浮き上がった自分を楽しもうと思ってやってきたのに。だれからも同情されずに死のお迎えに立ち向かってみようと思った。今日まで普通に生きてきた自分と全く異なる自分を演じることでそれが可能だと考えたからだ。
「大きなお世話だよ、おっさん。それより自分のことを心配したらどうだい?二万円も負けてるんだろう」
「それこそほっといてくれ。自分の金で遊んでいるんだ。負けることの方が多いんだ」
 おやっと思い、信二はサングラスを外して老人を見つめた。穏やかな表情をしている。
「俺をだれだと思っているんだ」わざとすごんでみせた。
「知らないよ。どうせまともな人(じん)でないことは分かる。だけど中途半端な悪党(わる)だな」
 ものおじしない老人の態度だ。すっかり見破られている。サングラスをかけ直して信二はまた打ち始めた。老人はコインを握ったまま打とうとはしない。
「にいさん、何か不満が有るんだろう。そんな打ち方は良くないよ。もっと楽しんだらどうだい。まるで明日が無いような打ち方だ。八十年も生きてきたんだ。ひとの心が読めるんだ」
「分かるかい?その通りだよ」
「話してみないか?」
「こんなところでかい?」
「にいさんの台はまだ出るよ。打ちながらだって話しはできる」
 変わったおっさんだなと思いながらも信二は話してみようと思った。
「実は癌なんだ。それも末期のな。今日は気分がいいからこうして外出してきたんだ。もうじきこんなこともできなくなると思う。そこでちょっと変わったことをしてみたくなってこんな格好をしてみた。この服装は昨日買ったんですよ。この頭もね。中途半端なワルとはお見事です」
「それは大変だ。まだ死ぬには早いがさぞかし残念だろう。聞かない方が良かった」
「死ぬってどんなことなんですかね?」
「怖いかい?」
「ええ」
「それは俺にも解らん。順番から言えば俺の方が先なんだろうが、それまでにどれだけの時間が有るのかも分からん。俺だって死ぬことは怖いよ。みんな同じじゃないかな。
『人間万事塞翁が馬』という。災いと思っても実はそれが幸いすることもあるだろう。にいさんの場合は残された時間が分かっているだけ良いことだと思えばどうだい?」
「だからどうだと言うんですか?そんな慰めは聞きたくないね」
作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二