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夢と現(うつつ)

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「将来の国民の生活を決めて行くのは時の政府だろう。主権たる国民に選ばれた与党が遂行するんだからそんなひどいことにはならんのではないか?」と信二が疑問を投げ掛けた。
「そのことについては私も同じような質問を彼にしたわ」そうするとこんな答えが返ってきたという。
「今の政治家は信頼できない。政府を構成するのは与党だけれども、与党を支持しているのは有権者の約三分の一に過ぎない。野党だって同じだ。有権者の三分の一は無党派層だ。この票が欲しくて無党派層に取り入ろうと与党も野党も躍起になっている。
 元々『どちらでもいい』いうのが無党派層の考え方だ。そんなのに支持された政治家に確固たる信念があるはずが無い。今の政治家に将来を託そうとは思わないし期待もしていない。そういう意味では自分も無党派層だって言ってた」歯に衣を着せないで話す彼氏に胸を張るような法子の態度だ。
「そろそろ旦那が戻ってくるから、私帰る」と言って由美子が帰りこれらの会話はここで終わった。
 法子の彼氏とは恐ろしいことを平気でしゃべる男だと信二は思った。しかし、否定できない部分もある。遠回しな表現では無いからむしろ同意できる部分が多いようにも思う。
次元は違うが彼(か)の中村医師も、暗に安楽死を肯定していたではないか。それは残された家族の『死後』
までも考慮している。きれい事では済まされない世の中になってしまうのだろうか?今夜の会話の主人公が政治家でもなく普通の庶民の言葉と捕らえると重みがある。
信二が考え込んでいる姿を見て佳代子が
「お父さん、もう寝たら。どうも最近、変な咳をしているから気になっているのよ」と信
二を気遣った。
「ちょっと風邪気味なんだ。寝るとするか」食欲もあまり無く、気だるい状態をここ最近
になって信二も感じていた。

       病魔
 信二は夜中に目が開いた。びっしょりと寝汗をかいている。佳代子を起こすのも可愛
そうだと思い、自分で着替えをして床に戻ったが今度は寒気がする。どうも熱があるよ
うだ。体温計で測ってみると三十九度もある。常備薬の箱から市販の解熱剤と風邪薬を
出してきて飲んだが寝付けない。夜中の二時だ。
 飲んだら寝れるかも、と思い台所まで行って日本酒を一杯あおった。佳代子が起きてきた。
「どうしたの?こんな時間に」
 信二は事情を説明した。額に手を当てて佳代子は「熱があるね。今は暖かくして寝ることね。あした病院へ連れていってあげるから」と言って布団をもう一枚出してきた。
「居間でいるから何かあれば呼んで」と言って部屋から出て行った。結局、信二は眠れないまま朝を迎えた。
 休むことをホスピスへ連絡した後、佳代子の勤める病院へ連れていってもらった。レントゲン写真を見て院長は「肺炎ではないです。インフルエンザでもありません。痰(たん)は出ますか?」と信二に尋ねた。
「はい。咳をしたときに胸に響くような感じで少し痛みが有ります」
「痰に血は混じっていませんか?」
「無いと思います」
 院長は痰の検査をしましょう、それと「肺の断層撮影」と言って看護婦に指示をした。熱が下がらなかったら明日もう一度来るようにとも言われた。
 結局、注射と小さな点滴をして三日分の飲み薬と頓服(とんぷく)をもらって帰ってきた。薬が効いているのか熱は下がっているが咳は止まらない。
 薬が切れたのか、夕方になってまた熱が上がりだした。佳代子が作ってくれたおかゆを食べて食後の薬を飲んで寝ることにした。
 診察室で見た胸部レントゲン写真には信二がいつも見慣れている肺癌患者の写真とは全く違っていた。不自然な異常は見えない。
 しかし、院長は右肺の入り口付近にある小さな影を見落としてはいなかった。
 朝起きたときは平熱に近いが昼には三八度くらいまで熱が上がる。仕事を休んで三日目となり、もらった薬も今日で無くなる。信二は佳代子に連れられて再度病院へ行った。今日は患者が多い。待合室で座っていると佳代子の同僚がやってきた。
「佳代子さん、元気そうじゃない。早く戻ってきてよ。結構忙しいんだから。みんなも会いたがっているよ。ちょっと詰め所に来ない?」と誘った。
 信二が「行って来いよ」と目線で合図をすると「ちょっとだけ」と言って佳代子は同僚と話しながら行った。
 詰め所に来るとそこには院長が座っていた。外来で忙しいはずなのに、と不思議な顔をしながら佳代子が挨拶をした。
「加藤さん、こちらへ掛けなさい」と院長に促された。
「君が一緒だと聞いて、さりげなく呼んできなさいと私が指示をしたんだよ。かよちゃん、ご主人は肺癌の疑いが高い。いや、間違いないと思っている。最初のレントゲン写真で疑ったんだが、右肺の入り口から少し入ったところに小さな腫瘍をCTの写真で確認した。
 今朝、痰の検査結果が回ってきて微量だが血液が混じっている。早急に精密な検査が必要だがうちではできない。市民病院に私の後輩がいる。彼は肺癌には詳しいし自分で手術の執刀もする。安心して任せられる。紹介状を書くから今から行きなさい。早い方がいいよ」
「主人にはどう説明すればいいんでしょうか?」
「ご主人は放射線技師だろう。この写真を見せて説明すればすぐに理解できる。君も看護婦だから分かるだろうが、肺癌はリンパ行性や血液行性が早く、他の臓器に転移しやすいため発見時には進行癌で有ることが多い。ましてご主人は若い。大きな手術の後で気の毒だとは思うが、ここは君がしっかりしなければいけない。ふたりとも医療の現場で働く身だろう。変に隠さない方がいいと思う。私から話すから。いいね?」院長は諭すように佳代子に話した。
 佳代子はうなづいて応えた。信二の元へ帰り一緒に診察室へ呼ばれた。
 説明を聞いた信二は毅然とした態度で質問した。
「先生がご覧になって、悪性だと思われますか?」
「それは断言できません。そのためにも早く精密な検査を受けることをお勧めします」
 今の段階でこれ以上聞くことは無い。礼を言ってふたりは辞した。紹介状をもらい、佳代子の運転する車で市民病院へ向かった。
 道中、信二は「心配するな。どんな検査結果が出ても医者の指示に従って治療をするから。ただ、隠さないでくれ。事実を知らされないことは一番つらいから」と佳代子に頼んだ。
 院長が電話してくれてあったせいかあまり待たされることも無く診察が始まった。結局、そのまま検査入院をすることになり、佳代子は着替えなどを取りに家へ戻った。必要な物を整えながら、佳代子の目からは自然に涙がこぼれている。
 逆ではないか。同じ時期に病に倒れた現実は仕方ないとしても罪深い自分は快方へ向かい、家族のために自分の罪を許してなお且つ重すぎる荷を背負っている夫が癌になるなんて。神様もひどいことをするもんだ。代わってあげたい。自分は死ぬほどの罰を受けても仕方がない。なんで今あの夫(ひと)が。
 涙が止まらない。佳代子は申し訳ない気持でいっぱいになり、何をしてあげたら良いのか考えるのだが気が動転して答えが見つからない。由美子に電話をした。泣いている声を聞いた由美子は「どうしたの?お母さん。何があったの」と聞き返した。
「分かったわ、お母さん。今からそちらへ行く。法子には知らせたの?」
作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二