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夢と現(うつつ)

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「おとうさんたちの世代はまだ支えてもらおうなんて考えていない。定年だって六十五歳まで延長されたのは知っているだろう。それに応じて年金の支給開始時期も遅らされている。高齢化社会に対応する意味じゃないかな。今日までの年寄りは恵まれていたと思う。今まで支えてきてこれから支えてもらおうとするおとうさんたちにも不満はあるよ。おとうさんが言いたいのは、死の直前でも前向きな考えを訴えている姿勢なんだ」
 この信二の発言に法子が追い討ちをかけた。
「お父さんが言わんとしていることはよく解るよ。そんな精神論だけでは解決できない現実をお姉ちゃんは言っていると思う。私も同じ心境だけどね。だって、石油なんかの化石燃料は後七十年くらいで無くなると何かで読んだ事がある。もちろん、それに代わる燃料は研究されているから人類の知恵で何とかするとは思う。
 今の化石燃料が無くなることよりもっと大きな問題が起きているでしょう。地球が何億年かは知らないけれど気の遠くなるような歳月をかけて作ったものをわずか百年かそこらで急激に消費した。その結果のひとつとして、今騒がれている地球温暖化現象があるでしょう。それの対応だってまだこれからの話しじゃない。
 それに加担したのもお父さんたち以上のひとたちだと思うの。国の借金や温暖化にしたって、それは言ってしまえば負の財産だと思うの。こんなのばかり残されたんじゃたまらんじゃない?
 お父さんも年金については不満があるって言っていたけれど、私たちは不満プラス不安があるよ。平均寿命はどんどん延びているし、そのことは悪いことでは無いと思うけれど、現実の問題として支えきれないときがやってきそうな気がする。精神論だけでは食べて行けないよ。現にその死をひかえたひとだって死ぬまでは面倒みなければならないでしょう?勝手に死ねとは言えんでしょう?」
 ふたりの発言を聞いて正直なところ信二は驚いた。それぞれの次元でしっかりとした意見を述べている。『同情するより金をくれ』か。いつか流行ったテレビドラマの一節を思い出して苦笑いをした。
「だけどあなた達だって成長してきた道中では豊かな生活が有ったでしょう?その恩恵には与(あずか)っているんじゃないかしら?おかあさんたちは貧しさから抜け出そうと必死になって頑張ってきたのよ。あなた達だって決して川向こうの人じゃないと思うよ」佳代子が真ん中に身をおくような発言をした。
 けっこうテンションが上がっていると信二は感じた。そして、良い機会だからこの話をもっと続けようと思った。
「おとうさんはホスピスで終末期を迎えた人たちに安らかに死を迎えさせてあげようと働いている。ひとつの命には確実にひとつの死が待っている。これからの高齢化社会にはその数は間違いなく増える。
 おとうさんは今の仕事は誇りに思っているが増え続けるであろう終末期の患者に対して、これからも受け継ぎ、引き継いでくれるだろうか?例えば、我が家ではどうだろう?正直な意見を聞かせてくれないか」
 少し考えるふりをして由美子が話し始めた。
「してあげたいとは思うけれど、正直なところ分からない。自分たちの生活もあるからきっと限界は有ると思うわ。時間的にも、経済的にもね。だけど本当の親だからよほどのことまではできると思うし、そうしようと思っている。他人のことまではできないわね」
 聞いていた法子が口を挟んできた。
「お父さんが聞いているのはもっと違う次元だと思う。普通に考えればお姉ちゃんの言い方はまぁ、正しいでしょうね。私だって子供としての本文は弁(わきま)えているつもりだからね。
 ただ、自分たちの考えどおりのことができないような環境に周りがなったらどうかな?それにそれぞれの抱える背景にも違いあると思うんだ。
 うちみたいに子供に娘がいるところはまだ良い、男ばっかりだったりすると大変だと思う。お嫁さんの世話になるかもしれない。お姉ちゃんだってお舅さんたちがそうなったときのことも考えておかないとね。私は違う考えを持っている。最もこれは今の彼氏からの影響もあるけれどね」
「お前、彼氏がいるのか?」
「しまった。ばれちゃったね。今度会わせるわ」と法子がペロっと舌を出した。
「彼はこう言ったの」と続けた。
 それによると近い将来、あたかも流れ作業のように『死』はベルトコンベアで処理されると言うのだ。
 『衣食足って礼節を知る』自分の生活が脅かされる環境になれば形振(なりふ)りなんかかまっていられなくなる。寝たきりで動けなくなったり、痴呆で目が離せなくなった老人を受け入れてくれる施設が足りているうちはまだいい。施設を増やしてはいるが、その数は老人の増加に追いつかなくなるはずだ。仮にベット数は足りてもそれをサポートする人の絶対数は賄(まかな)えない。
 そうなると面倒を看られる範囲は限られてくる。準高齢化世代が看護をしたり、その逆もあるだろう。経済的、精神的、肉体的に限界に達して、殺人や自殺、心中も増えるだろう。それがある頻度を越えて恒常的になるとニュース性も薄れてきて、あたり前のような慢性化した状況になる。そしてこの人さえ死んでくれたらと殺意を抱くようになる。
 当然のように罪に問われずに殺せる、合法的にひとを殺すことを世論は容認するようになるはずだ。
 完治する見込みが無いものに費やす時間も労力も不足する。もっと言い方を変えれば、そんなことにお金や時間を使うことは罪悪と思うようになる。高度な医療は不要になり、いかに無駄なく効率よく死を処理するかを考えるようになる。尊厳死や安楽死が今より安易に制度化できる環境になるだろう。
 長男が医者、親がお寺、兄弟が葬儀屋なんて笑えないような構図さえ見えてくる。
 一部の裕福な階層を除いて、言い過ぎかも知れないが『庶民は老いて倒れたら死ね』ということになる。今はまだ犬猫の介護に神経を使うほどの余裕が有るがとんでもないことだ。それどころか、ひとの死にすら手間(てま)隙(ひま)を掛ける余裕などは無くなる。
 今の政治家が将来の福祉をいくら雄弁に語ってもそれは現実化できる裏づけが無い。選挙用のお世辞にすぎん。
「憲法で基本的人権が護られ、生存権が保障されてはいるが『やってる場合じゃない』状況になれば変わってくる。言葉や表現を替えて憲法は時の権力によって、都合のいいように改憲されるって言うのよ。彼はこうも言ってた。
『自分は決してこうなって欲しいと思っているのではない。表現の仕方は悪いが、だれも止められない状況になりそうな気がしている。その対象が命であるだけに、あからさまには言えないだろうが、積極的に詭弁を駆使してやってくるだろう。現に、安楽死や尊厳死を合法化することはこの問題を解決する手法としては説得力がある。老いて病に倒れたときに、自身の治療方法について選択するセカンドオピニオンという制度が死語にならないことを本当は願っている』
 私は彼の言って入ることを肯定する訳ではないけれど、解るような気がしている。でもお父さんやお母さんがそうなった時にはどんな判断をするのか、今は自信が無いわ。そのときになってみないと解らない」と法子が訴えた。
『解らない』という法子の答えは正しいのかもしれないと信二は思った。
作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二