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夢と現(うつつ)

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 通されたのは八畳ふた間の和室で習字の手習い机が五卓置かれている。お茶と灰皿を持って明美が入ってきた。
「タバコは吸われますか?私は吸いますが」
「ええ」と信二がうなづくと微笑みながら明美が座った。
「よくお越し下さいましたね。この日がやって来ることは分かっていました。どこからお話ししましょうか?つつみ隠すこと無く全てお話しします」神妙な表情で明美が話した。
「佳代子は数日前、病に倒れました。胃潰瘍で手術も成功して回復は順調です。初めて家内に倒れられてかなりうろたえ、保険証券などを家内の部屋で捜しているときに古い手紙を見つけたのです。中味を読んで愕然としています。封筒の宛名があなたになっていました。私が気付いたことは家内はまだ知りません」まっすぐな視線で信二が言った。
「そうでしたか。説明にはかなりの時間を要しますが大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「今日は教室は休みです。高齢になり数年前から生徒数も減らし、小学生に限定して土日だけの開講です。じっくりとお話ししましょう。今年、七十六歳になりました。この船場に嫁いだのは二十五歳、その六年後に主人を結核で亡くしました。子供はありません。生活の糧を得るために書道教室を始めたのです。 
 多くの苦労がありましたが、就学期を迎えたベビーブームの世代が生徒さんとなり高度成長も手伝って最盛期には百人を超える生徒を抱えるまでに大きくなりました。少し離れたところにも教室を持ちました。
 少数ではありましたが生徒さんの中には大人の方もおられました。新井哲夫さんはここの生徒で、佳代子さんはもうひとつの教室でした。中学生になって佳代子さんは私の教室に通い始めたのです。とても筋が良く、高校を卒業するときには師範レベルでした。
 それで短大生になった佳代子さんに教室を手伝ってもらうようになったのです。この教室へ来て手伝ってもらうこともありました。そこでふたりは出逢い、恋仲になったのです」お茶をひと口すすって明美は間を置いた。
 確かに佳代子は綺麗な字を書く。年賀状などは毛筆で書いていた。しかし書道を習っていたと信二はひと言も聞いた事がない。明美の話しは続いた。それはどこかテレビドラマを見ているように流れていった。それによると前田哲夫には悲しい生い立ちがあったようだ。

 近くに前田医院という開業医院がある。内科小児科の看板を掲げている。戦前から続くこのあたりでは評判の医院だ。戦後の動乱がやや落ち着きを見せ始めた昭和二十三年の正月に、生後間もないひとりの男児が前田医院の玄関に捨てられた。これが哲夫だという。 
 汚れた布に包(くる)まれて一通の手紙だけを抱いていた。栄養失調で寒さに震えていた。肺炎を発症して命にかかわる状況だったのを、後に哲夫の父になる前田院長は懸命に治療した。
 結婚五年を過ぎても院長夫婦には子供が無かった。夫婦に欠陥がある訳では無いが恵まれなかったのだ。夫婦は相談して自分たちの子供として育てる決意をしたが当時健在だった院長の父親に反対された。由緒有る家系を汚(けが)すというのが理由だった。
 夫人の旧姓である新井の姓を名乗らせることで名目上『他人』として受け入れることで院長夫婦は老父を説得した。哲夫がもの心ついたころから母親はこの事実を哲夫に伝えた。
 哲夫が小学校に入学する直前に夫人の懐妊が分かった。高齢出産で生まれた女児は京子と名づけられ大切に育てられた。
 どんな血筋を受け継いだのか哲夫は素直で優秀な子供だった。『捨て子』という負い目をものともせずに、学校でのいじめも平気な顔でやり過ごして愚痴ひとつこぼしたこともない。京子の勉強もよく観てやり夏休みの宿題などはほとんど哲夫が片付けた。育ててもらった恩を素直に感謝して、ものをねだったり、逆らったりしたことは一度もない。中学、高校と成績はいつも一番で国立医大へすんなりと合格した。
 一方の京子は過保護に育てられ、我がままを絵に描いたような女の子に育った。小学校から私立に通い、エスカレータ式に大学へ進学した。偶然にも佳代子と同い年でありふたりがそれぞれの大学へ入学したころに哲夫と佳代子の恋愛は始まったことになる。
 当時、哲夫は“父”の経営する病院で内科医として勤務しておりその合間を縫って明美の教室へ通っていたのだ。佳代子は哲夫の境涯を理解して、デートは月に一度くらいだがふたりは遠くで落ち合い人目を忍んで逢瀬を楽しんだ。
「陰ながら私はふたりを応援していました。一年が過ぎたころ、哲夫さんから相談を受けました。京子さんがだれの子供か分からないまま妊娠したというのです。激怒した両親は京子さんを軟禁状態にして無理やり子供を堕胎(おろ)したのです。そしてそのことを隠すために哲夫さんとの結婚を迫ったのです」
 育ての親に逆らうこともできずに悩み苦しんでいる哲夫の姿は見るに忍びなかったと明美は訴えた。そのころからふたりは逢うこともままならず、デートの回数はめっきりと減った。たまに教室で出会っても周りの目を気にしてふたりはわざと距離を置くような仕草をしたという。
 そこで思いついたのが文通で、その中継役を明美が引き受けた。佳代子は直接に哲夫へは手紙が書けない。明美にそっと手渡して哲夫に届けられ、哲夫の返事は明美宛てに郵送された。医院と教室は目と鼻の距離だか用心深く手紙はポストに投函された。
「哲夫さんはなぜ直接佳代子宛てに返事を書かなかったのですか?私と知り合う前の佳代子にはそんな制約はなかったはずなのに」信二が疑問のひとつを明美に投げ掛けた。
「制約は有ったのです。ふたりが交際を始めたころに解ったのですが、佳代子さんのお父さんと院長とは高校時代の先輩後輩に当たり同じ野球部に所属していたのです。佳代子さんが哲夫さんのことを父親に話した時に解ったのです。『捨て子』の事実も知っているかも知れない。佳代子さんは自分の父親から漏れるのを恐れたのです。世間とは狭いものですね」そうだったのか。信二は謎の答えに納得した。
 すでにお昼を過ぎたことに明美は気付き「お寿司でもとりましょう」と出前を頼みに席を外した。
 親に捨てられ、他人に育てられた哲夫の生き様は、聞いた範囲内だけでも信二には真似ができないと思った。同情もできるし、自分とこんな関係が無ければある意味では尊敬もできる。しかし、だからと言って自分を陥(おとしい)れても良い訳は無い。
「いつも頼むお寿司屋さんなんですが、私は美味しいと思っています。三十分もすれば届くでしょう。さぁ、続けましょう」明美が戻ってきた。
「哲夫さんと佳代子さんには男と女の関係がありました。佳代子さんが明かしてくれました。ふたりは結婚を約束していたのです。
 京子さんの事件以来ふたりは悩みましたが逆にそのことが、ふたりの絆をより強くさせたのも事実です。京子さんの成人式直後に結婚を命じられた哲夫さんは駆け落ちまで考えていました。佳代子さんは自分のことを伝えてきっぱりと断ってほしいと訴えたのですが哲夫さんはその名前を一度も“両親”に話すことはなかったのです。
作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二