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夢と現(うつつ)

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 部屋の中は綺麗に整頓されている。あちらこちらを探し回ってやっとの思いで箪笥(たんす)の引出しに大切な書類たちを見つけた。保険証書には入院すると日額一万円が支給され、退院後の通院についても保障されているようだ。それらの書類の更に奥に古い手紙の束が隠すようにしまわれていた。なにげなく手にとってみると宛名が佳代子ではない。
『島野明美様』と男文字で書かれていた。差出人は『前田哲夫』となっている。他人宛ての手紙を大切に保存してあるなんて変わった奴だなと思ったが、妻のプライバシーを垣間見たうしろめたさを感じて信二はそっと元の位置へ戻した。
 突然のことでびっくりはしたが手術も無事に終わり、その安堵感も手伝って信二は眠気に襲われた。台所で冷酒を一杯飲んで寝ることにした。
 翌朝、信二は病院へ向かった。法子と合流して佳代子を見舞った。直接会うことは許されず、集中治療室のガラス越しではあったが佳代子は安らかな表情で眠っている。「経過は順調ですよ」と看護婦から聞かされてふたりとも安心した。
 信二は法子を喫茶店に誘った。
「お前とこうして一緒にコーヒを飲むなんて何年ぶりかな?」
「まぁ、ずいぶん久しぶりね。どう見ても恋人どうしには見えないわね」
 こんな冗談が出るのも佳代子の経過が順調なせいだろう。入院期間や退院後の手はずなどをふたりは相談した。そこへ由美子から連絡が入り、喫茶店へ合流してきた。ふたりの孫は旦那の実家へ預けてきたと由美子が息を切らせながら「お父さん、仕事は?」と信二に尋ねた。
「今日は休んだよ。こんな時くらい近くにいてやりたいからね」
「へぇー、お父さんからそんな言葉が出るなんてずいぶん愁傷なことを言うじゃない」と法子が冷やかした。
「あたり前だろう。母さんに惚れているんだから」信二が応戦した。
「とか何とか言っちゃって、ごちそうさま」由美子にもからかわれた。
 昨日の手紙のことを娘たちに信二は聞いてみた。
「お前たち、古い手紙なんかはどうしてる?」
「何よ、突然に」由美子が不思議な表情をしながらも続けた。「そうね、とってあるわよ。旦那からのラブレターなんか、もし浮気したときなんかの脅し用に大切にしまってある。最近では読んだこともないけれどね。バカバカしくて」
「そういうんではないんだ。例えば他人宛てに来た郵便なんかなんだ」
「そんなのとっておくわけ無いじゃない。第一、他人宛ての手紙が自分の元に有るなんて普通は考えられないでしょう。お姉ちゃんどう思う?」
「普通は考えにくいわね。でも何か訳ありだったらどうかな。その宛名は自分のダミーかも知れない。なんだか推理小説みたいだね。差出人なんかも興味があるわ。でもどうしてそんなことを聞くの?」と由美子が信二に尋ねた。
「いや、別にどうって訳じゃない。ちょっとね」と信二はとぼけた。不思議な顔をしながらもふたりの娘は別の話題に熱中し始めた。
 ダミーと言った由美子の言葉がなぜか引っ掛かったが、あの手紙だって大した意味も無いだろうと思い信二はやり過ごすことにした。
 夕方にも信二は佳代子を見舞った。今度はガラス越しに笑顔を見せてくれた。信二は手を振って応えた。明日には一般病棟へ移れると聞き、そのことを娘たち伝えた。
 
 翌日、信二は仕事を終えると急いで駆けつけた。病室へ入ると娘たちはすでに来ている。
「良かったな。大したこともなかって。それより携帯がつながらなくてすまなかった」信二は詫びた。
「仕方ないよね。でも寂しかった」傷口が傷むのか佳代子の声には張りが無い。お金もかかるし早く退院できるように頑張るというようなことを佳代子が言った。
「心配ないよ。ゆっくり養生したらいい。生命保険からいちにち一万円が出るよ。退院してからも保障が有るって証券に書いてあった」お金のことは心配するなと信二が安心させようと気遣った。
「証券はどこで見つけたの?」
「お前の部屋の箪笥(たんす)だよ。家の登記簿や預金通帳なんかと一緒に置いてあったよ」お前がしまっておいたんだろうと信二が答えた。
 うつろだった佳代子の目が急に生気を帯びた。
「他に何か無かった?」
「いや、別に」
「お母さん、まだあまりしゃべらない方がいいよ。疲れるから。お父さんもそれくらいにしたらどう?」由美子が割って入り会話はそこで途切れた。
 何か有る。あの手紙のことを佳代子は心配している。知られたくない秘密でも有るのだろうか?

 その夜、法子が眠るのを待って深夜一時ごろ信二は足音に気遣いながら佳代子の部屋へ入った。手紙の束を取り出してみると、それは二十通くらいである。裏側には差し出し人と日付が記されている。自分の部屋に持ち帰り信二は日付順に並べてみた。
 一番古いのが昭和四十九年五月、最も新しいのが昭和五十八年十一月、約十年間で二十二通あることが分かった。全てが茶封筒だった。
 宛名の『島野明美』と住所の大阪市中央区は変わっていないが、途中から差出人が『新井哲夫』から『前田哲夫』に変わっている。住所も大阪市内ではあるがいくつかあった。いずれの名前にも信二は覚えが無い。
 さて、開けてみようかどうしようか信二は迷った。何の変哲も無い中味かも知れない。しかし、病室で見せた佳代子の目線の変化が忘れられない。信二は最初の一通を開けた。一枚しかない便箋には冒頭に『門野佳代子様』とある。佳代子の旧姓だ。
 昭和四十九年といえば佳代子は短大の一年生だ。新井哲夫は誕生日に佳代子からもらった腕時計の礼を述べ、次のデートの誘いをしている。内容は普通のラブレターだ。信二と知り合う前の頃である。
 もう一度月日を調べた。昭和五十一年九月までの間が十九通あり残りの三通は昭和五十七年まで飛んでしまう。この間の手紙は存在しなかったのか、あるいは捨てたのか。
 昭和五十一年といえば佳代子と結婚した翌年である。十九通目を信二は開けた。差出人は『前田哲夫』新井は旧姓のようだ。養子に行った先での苦悩が述べられ、今でも佳代子のことが忘れられず、佳代子を捨てたことを詫びている。便箋四枚にびっしりと書かれていた。
 若い頃の佳代子は美人とまではいかないにしても愛くるしくて容姿は平均点以上だと信二は思っている。結婚前に恋人のひとりやふたり有っても不思議ではない。
 信二は昭和五十七年まで飛ぶ次の二十通目を手に取った。時期的には次女の法子が生まれる直前だ。妊娠が分かった佳代子に堕胎を頼んでいる。佳代子は生むことを主張したのだろう。
 信二は愕然(がくぜん)とした。法子は俺の子供ではなかったのか?しかし血液型は由美子と同じA型だ。そうか相手の男性が信二と同じ血液型なら何の不思議も無い。
 大変なものを見てしまった。真夜中に信二の体が震えだした。まさか法子が他人の子供とは。自分の女房が生んだ子供は自分の子だと、世の男性は信じて疑わないだろう。法子だって顔つきは自分に似ているところがある。しかし、犬だって三日飼えば飼い主に似るとも言う。
 ふたりの娘が成長する過程で体形が女へと変化するとき、自分の娘だから抱いてみても何の抵抗も無かった。娘たちも年頃になっても下着のままで自分の前を平気で歩いていた。
作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二