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つるさんのひとこえ 4月編 其の一

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 そう言って泥だらけのスニーカーからサンダルに履き替えると、さっさと行ってしまった。本日最初の検査はいやにあっけなかった。まるで僕たちが抱えているこれを当然のものとするかのような自然さで。というか僕、さっきから何もしてない。
 「ここって本当に日本国内ですよね?」
 脳を経由せずに口から出た言葉がこれだった。
 「急にどうしたの?」
 質問に質問で返された。いきなりの質問に返す言葉が見つからなかったのだろうか。戸惑ったような顔も素敵だ、なんてことは今はどうでもいい。
 「どうしたのって、今の先生、これを見ても何の反応もなかったんですよ?おかしいじゃないですか!」
 抱えているものをこれでもかと言わんばかりに突き出す。
 「だって、これが私達の活動ですもの」
 地球は回っている。それくらい当たり前のことであるかのようにハッキリ言い放つ月極さんに、僕は何も言い返すことができなかった。もし何かを言い返せたとしても、それはおそらく何の意味もないことだと思ったから。
 これといった会話もないまま検査は続いたが、どれも淡々とした事務的なもので特に問題はなかった。
 結局のところ、検査終了までこの肩から下げられているものに対しての職員のコメントは『それ、重そうね』と、女性教師の一言。たったそれだけ。どういうわけか、この学校の職員は皆、これを当然のこととして受け入れているようだ。
 この日の検査で煙草を持ってきていた職員はいなかったため、HRの始まる五分前に僕と月極さんはそれぞれの教室へと向かった。

 特に何も言葉を発せず教室に入ったにも関わらず、僕に視線が集まったのは偶然ではなく必然なのだろう。それもそうだ。右手に鞄、左手にサブマシンガン。HRに間に合うように職員用玄関から教室へ来るためには、部室にいらないものを置いてくる時間がなかったのだ。鞄と左手に持っていたものを机の横のフックにかけ、席に座って机に突っ伏すと、ようやく一息つくことができた。
 そういえば、マキは?昨日は全く話せなかったが今日こそは。
 机から勢いよく頭を上げて周りを見回す。が、更に視線が増えただけで、目的の人物は見つからなかった。
 「マキのやつ、まだ来てないのか?」
 小学校、中学校と同じクラスだったことは何度もあったが、マキが遅刻してきたことが一度でもあっただろうか。誰だったかが、皆勤賞はマキのためにある、なんてメイ言を残したほどだ。そんなヤツが入学して二日目で遅刻するはずがない。早く来いよ。
 だが、そんな心配も虚しく、HRの始まりを告げるチャイムが鳴った。
 「えっと、おはようございます。HRを始めますね」
 今日もテンプレート通りの早口と小声で連絡事項を伝える矢沢先生。
 滞りも何もなくHRが終わったところで、マキから何か連絡がないか聞いてみることにした。
 「先生!ちょっといいですか?」
 「えっと、犬島君ですよね?どうかしました?」
 あれ?今の話し方、普通じゃなかったか?
 「マキ、いえ、神藤さんがまだ来ていないみたいなんですけど、何か連絡はありませんでしたか?」
 「えっと・・・・、犬島君、少しいいかな?」
 そう言うと、廊下に連れ出された。
 「えっとね、神藤さんとは中学校からのお友達なのよね?彼女のことなんだけど、誰にも言わないって約束してくれる?」
 何なんだ、藪から棒に。再び小声になっていることが気になるが、とりあえずここは頷いておく。
 「今朝、年間活動部で煙草の所持品検査をしたでしょ?その時、私は生徒用玄関の方で検査のお手伝いをしていたんだけど」
 そういえばこの人が顧問だったっけ。が、それどころではない。何故か嫌な汗が背中を流れる。
 「その時にね、えっと、出てきちゃったのよね。神藤さんの鞄の中から」
 「出てきたって・・・・携帯とかお菓子とか、そういうのですよね?まさかマキに限ってそんな――」
 心拍数が急激に上がる。
 「それならまだいいんだけど。えっとね、つまり彼女は検査に引っかかって――」
 「そんなの何かの間違いですよ!きっと誰かに入れられて――。マキはどこにいるんですか?」
 「残念だけど、それはないわ。学校で吸うために持ってきた、そう神藤さん自身が言ったの。今は生徒指導室で学年主任と生徒指導の先生とで面談中よ。今日はこのまま家に帰されると思うわ。このことはあなただから話したのよ。だからまだ誰にも言わないでちょうだいね」
 足下に暗い底なしの沼が広がった感覚。膝まで沈んだあたりのところで力なく頷き、教室に戻った。底なし沼は依然として僕を飲み込もうとしているように思えた。
 不安と心配、苛立ちなんかが混ざった沼の泥がへばりついた僕が、午前の授業中ずっと上の空だったのは言うまでもない。
 それでも約束は守らないと。朝の打ち合わせ通り、昼休みには持ち場の四階へ向かったのだが、やはり肩から提げたものがよほど珍しかったらしく、教室から出てから階段へ続く廊下では、すれ違う生徒からもれなく熱い視線が向けられた。しかしその視線も、階段を上ると感じなくなる。人がいないわけではないのだが、この持っているものを当然のものとして受け入れているような、そんな感覚。階段を上るにつれて、自分の知っている世界や空間から遠ざかっていく気がして。
 生物の気配が全くない四階は、さっきまでいた教室とはまるで違う世界だった。異世界や異次元の空間なんて信じてはいないけど、もし存在するならこういうところなのかもしれない。
 部室も含め一通りの教室を見回ってみたが、案の定誰もいなかった。
 それもそうだろう。ここの教室を使うのは移動教室か部活の時くらいなんだから。分かり切っていたことを自分自身で再確認することで、少しは落ち着いて考えることができそうだ。
 マキが煙草を持っていたこと。一昨日の帰り際のマキのこと。初めてマキと会った日のこと。落ち着けば落ち着くほど頭の中が騒がしくなる。いっそのこと屋上まで上がって叫びたい気分だ。この脳内の喧噪は授業開始五分前の予鈴が鳴るまで続いた。
 やはり上の空だった午後の授業を終えて、放課後。鞄とサブマシンガンを肩にかけ、本日三度目の部室へ。
 「失礼します」
 あまりにも声に力がなかったからだろうか。入るなり全員の視線が集まる。
 「遅かったじゃないか。とりあえず座りたまえ」
 デジャヴ。昨日と同じようにソファーへと腰を下ろし、肩にかけていたものを机の上に並べる。
 「それではこれより本日の活動報告と反省を行う。まずは朝の所持品検査から。月極、職員用玄関の方はどうだった?」
 「はい。職員用玄関の検査は私と犬島君の二名で行いました。事前に告知していたこともあり、煙草の持ち込みや問題は一切ありませんでした。」
 「そうか。では鰐木田、学生用玄関の報告を頼む」