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つるさんのひとこえ 4月編 其の一

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 「はい。学生用玄関では鶴瀬部長、顧問の矢沢先生、そして僕の三名で検査を実施しました。こちらも事前の告知で二、三年生については煙草の持ち込みはありませんでした。しかし、まことに残念ではありますが、一年生の女子生徒一名の鞄の中から煙草を発見。本人の自供もあったため、その場で矢沢先生に報告。彼女は生徒指導室へと連行されました。以上が学生用玄関の報告になります」
 「報告ご苦労。では、その煙草を所持していた女子生徒のデータはあるか?」
 マキのことだ。今、この場で最もマキのことを知っている人間は僕以外にいないはずだ。ならばここは僕が話すべきだ。いや、僕が話す。
 が、そんな僕が出る幕は鰐木田先輩の一言によってビリビリに引き裂かれた。
 「もちろん用意してあります。身長、生年月日、入試における成績、全てのデータがこのファイルの中です」
 この人のことだ。全てのデータというのならば、マキが生まれた日の最高気温まで調べ上げているに違いない。悔しいが、僕が話すよりもよっぽど信頼性と正確さがあるだろう。この場にいる誰よりもマキと過ごした時間が多いにも関わらず、今この場で口を挟むことができない。こんな馬鹿げた話があるか。
 「本日煙草の持ち込みで連行された女子生徒の名前は神藤マキ。四月二日生まれの牡羊座で、身長は一四七センチ、体重は三八キロ。入試の点数は上の下、内申点はかなり優秀だったとのことです。中学時代から陸上部に所属、特に走り幅跳びの成績がずば抜けて良く、県の強化選手にも選ばれていたそうです。周囲からの評判も上々で、家庭にもこれといった問題は見あたりませんでした。」
 思った通りだ。僕だって一昨日までしらなかったマキの身長、ましてや僕ですら知らなかった体重まで把握している。しかもその情報はマキの鞄から煙草が見つかった後、つまり今朝から今までの間の約八時間の内に調べたという事だ。おそらくこの人なら、本人さえ知らない情報すら握っているのではないのだろうか。僕はこの時、絶対にこの人――鰐木田一平を敵にまわしてはいけないと悟った。
 「その神藤という生徒の家庭内に喫煙者はいるのか?」
 報告を一通り聞き終えた鶴瀬部長が口を開いた。
 「いえ、神藤さんのご家族の中に喫煙者の方はおられません」
それくらい僕でも知っている。
 「そうか、それは妙な話だな。」
 「その通りです」
 さっきからこの二人だけで話を進めている気がする。そろそろ何か話さないとこのまま雲のように散って、霧のように消えてしまうのではないだろうか。
 「何が妙なんですか?」
 次に口を開いた月極さん。またしても僕の出番は遠ざかった。可愛くてもやっていいこととダメなことがある。今のはギリギリでダメなこと。このまま僕の存在が消えてしまうのも時間の問題だ。
 「いやなに、その身長でよく煙草が買えたものだな、と思ってな」
 不敵な微笑を見せる部長とその横で黙って頷く鰐木田先輩。
 「実際、この神藤さんの鞄の検査を担当したのは僕なんですが、少なくとも高校生には見えませんでしたね」
 もしマキが聞いてたらあの大声で鼓膜を破られているに違いない。でも、言われてみれば確かにそうだ。この学校の制服を着ていなければ、あの顔であの身長、あのスタイルの彼女を高校生だと断言できる人間は皆無だと言ってもいい。よしんば制服を来ていたとしても、小学生や中学生の微笑ましいコスプレだと思う人も少なくはないだろう。存在が消えかかっていても、考えるための頭はまだ消えていない。
 まだ少し分からないところがあるといったような顔の月極さんに鰐木田先輩の説明が続く。
 「つまりこういうことです。最近の調査によると、煙草の主な入手ルートは自動販売機、若しくはコンビニなどでの店頭販売となっています。前者は購入の際、事前にデータ登録したカードが必要になっていて、この登録には公的な身分証明書が必要になります。偽造、ということも考えられますが、たかが煙草のためにそこまでする人がいるでしょうか。また後者は購入に際してカードは必要ありません。ですが、未成年喫煙防止の観点から、例えお遣いであっても明らかに未成年であると判断された場合は煙草は販売されません。つまり彼女のように見た目からして未成年である者が煙草を購入するためには、どうにかして手に入れたカードで自動販売機を利用するしかないのです。しかしカードの貸し借りは法に抵触する恐れがあり、また彼女の家庭内に喫煙者はゼロ。ここまで言えば、僕の言いたいことが理解していただけますよね?」
 「つまり神藤さん、でしたか?彼女が煙草を買うことは不可能に近い、ということでしょうか?」
 「さあ、どうでしょう」
 ちらりと、膝のあたりまで存在の消えていた僕を見る鰐木田先輩。
 「犬島君の意見も聞いてみたいのですが、いかがしょう?」
 ようやく僕にも出演の機会が与えられた。
 「マキ、いえ神藤さんと僕は小学校からの付き合いです。何度かお互いの家に行ったこともあります。僕から言わせてもらえれば、今回のことは絶対に何かの間違いに違いないです!彼女は部活のために人一倍健康管理を徹底していましたし、何より煙草を毛嫌いしていました。そんな人がわざわざ学校に持ってきてまで吸おうとしますか?僕には誰かがマキを陥れようとしているとしか考えられません!」
 不覚にも、一気にまくし立てたおかげでまた部室内の視線を集めてしまった。日本語が曖昧なのも大目に見てください。心の中に沸き上がってくる感情を、鮮度が落ちないよう細心の注意を払いながら吐き出したのだから。
 「陥れようとした、というのは少々言い過ぎでは?」
 苦笑いを押し殺したような鰐木田先輩の顔。
 「しかし、不自然な点があるのも事実です。先ほど、矢沢先生から神藤さんの所持品のリストを頂いたんですがご覧になられますか?」
 そう言ってファイルから取り出された一枚の紙。
 神藤マキ所持品リスト、そう書かれたそのプリントには上から財布、鏡、体操服、煙草、弁当、筆記具、教科書各種、と、その名の通りマキの所持品が羅列されていた。
 「これを見て、おかしな事に気が付きませんか?」
 おかしな事ですか?強いて言えばあの化粧のけの字すら知らないあのマキが鏡を持っていたことくらいだろうか。部長は既に分かっているらしく、他の資料に目を通している。
 「そういえば、ないですね。」
 僕と一緒にプリントを見ていた月極さんが何かに気付いたらしい。
 「その通りです。流石副部長」
 そんなことないですよ、と照れたような月極さんの微笑みは殺伐とした僕の心に幾分かの潤いをくれる。いや待て、それどころじゃない。僕だけ分かっていないのは何とも悔しいじゃないか。僕にだってプライドがある。
 「ヒ、ヒントをお願いします」
 ええ。捨てましたとも、プライドを。もともとあったのか分からないものだったけど。
 「ヒント、ですか?そうですね――この所持品リストの中に、なくてはならないものが書かれていないのですが、それが分かりますか?」
もう一度、プリントに目を通す。あれ?そういえば――。
 「もしかして、ライター、ですか?」