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つるさんのひとこえ 4月編 其の一

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「この子が香苗の言ってた子?」
 と、可憐な女子生徒。
「そうだ。彼はまだ入学したばかりだというのに、既に我が部の部員たる資格を持っている。今朝の彼が目に入った瞬間、私は感動と驚きのあまりに声が出なくなったほどだ」
 だから、一体あなたは僕のナニを見たって言うんでしょうか?
「なるほど。鶴瀬さんがそこまで言われるのでしたら、よほどなんでしょうね」
 そう納得したのは残りの男子生徒。いつの間にか僕の背後にいた。
「というわけで、君には我が部活動、年間行事部に入部してもらう。異論はないな?」
「――へ?」
 思考の停止。
「異論はないかと聞いているのだが?」
 まて、どういう解釈をすれば僕が入部するという結論に至るんだ?
「えっと、異論はないかと言われても僕はもう既に帰宅部に」
 決めているんです。と、己の意志を伝えようとした僕の言葉を遮り耳元で、
「そういえば、昨日の自己紹介では少々酷いものがありましたね」
 と、笑顔の男子生徒と固まる僕。他の二人には聞こえていないのか、ただ僕の顔をまじまじと見ている。
「三年間、噛み男のレッテルを貼られて学校生活を送るなんて、僕にはできませんね」
 まさか、昨日のことか?今の今まで忘れていたのに。
「もしあなたがこの部活に入部してくれるのであれば、僕たちは全力であなたをフォローし、昨日のことも何もなかったかのようにすることも可能です。まるで今の今まであなたが忘れていたようにね。逆に、もしこの話を断ったとすれば――まあそれは想像にお任せするとしましょう」
 ゲームの中では世界の半分をお前にやると言われても、迷わずいいえを選べる僕だが、これはゲームじゃない。次の僕の一言が、これからの三年間を決めるのだ。大げさかもしれないが、この男子生徒の口から発せられる、僕の心を見透かしたような言葉は後頭部に突きつけられたショットガンのようだった。
「――分かりました。入部します」
 銃を後頭部に突きつけられた人間にできることはおとなしく従うか、抵抗して砕けた西瓜のようになるか、だ。僕はまだカブトムシの餌にはなりたくない。
「よろしい。歓迎するぞ、犬島君。それではこの入部届に名前とクラスを書いてくれたまえ」
 満面の笑みで、部長は僕に入部届と書かれた紙を手渡した。
「それでは、犬島君が入部届を書いている間、私たちのことを知ってもらうために自己紹介をしようと思うのだが、どうだろうか?犬島君は書きながら聞いてくれたまえ」
 全面的に賛成の意を表している僕以外の二人。
「では部長である私から。昨日の入学式後の挨拶で自己紹介した通り、二年の鶴瀬香苗だ。部長としてこの部活の活動内容を決定している。犬島君が入部してくれて、私は感無量だ。これからよろしく頼む」
 よく分かりませんが、よろしくお願いします。不束者ですが。
「じゃあ次は副部長の私ね。私は二年の月極絹香です。私の部活の役割は部長の補佐と裏方作業。昨日のステージの上に、私もいたんだけど気づいてくれたかな?とにかく、これからよろしくね」
 分かりました。それにしても、昨日は部長のインパクトが強すぎて気付けなかったが、こうやって見ると本当に綺麗な人だ。
「僕の番ですね。僕の名前は鰐木田一平。鶴瀬さんや月極さんと同じく二年生で、この部活では主に情報収集をしています。男同士ですし、これからもし何かありましたら色々力になれると思いますよ。よろしくお願いします」
 さっきのどす黒いやり取りは何だったのかと思うくらいの爽やかさ。絶対この人ダークサイドの住人だ。
「そろそろ、あなたの自己紹介をお願いできますか?」
 月極さんに頼まれて断る男がいるだろうか。それがいかに己が苦手としていることでも。
 深呼吸を一つして、ソファーの腰を上げた。
「一年B組の犬島夕貴です。入部したからには皆さんの足を引っ張らないように頑張ります。よろしくお願いします。」
 決まった。何とか噛まずに自己紹介することができた。
 ホッと胸をなで下ろした僕の耳元で、再びあのどす黒い声がした。
「今日は上手くできてよかったですね」
 この静かで恐ろしい言葉は僕以外の人には聞こえていないようだ。急に表情が凍った僕を、不思議そうな目で月極さんは見ている。
 何でもいい。何か喋って落ち着かないと。
「あ、そういえば、この年間行事部ってどんなことをするんで」
 すか?質問し終わらないうちに部室内の空気が変わった。
「何だと?」
 口を開いたのは鶴瀬部長。顔中に驚愕の文字が貼り付いている。
「君は今朝、今朝確かにその手の中に新聞を持っていたではないか」
「それが何だって言うんですか?」
 鶴瀬部長や月極さん、鰐木田先輩までもが明らかに動揺している。
「ということは何だ?もしかして君は今日が何の日かも知らずに新聞を手にして歩いていたとでもいうのか?」
「はあ。えっと、あの新聞は、たまたま靴箱に入ってたやつで、捨てるために持ってただけなんですけど――」
 ドサッという音と共に、部長は壁際に置かれていた黒い革張りのソファーに腰を下ろした。
「どうやら私は本物の奇跡に遭遇してしまったようだ。神は実在したのだな――」
へ?『神』?『噛み』じゃなくて?
「だってそうだろう?入学二日目の何も知らないただの一新入生が、四月六日の今日、新聞を持って歩いているんだぞ。これを奇跡と呼ばずしてどうするのだ」
 一体この人は威圧感たっぷりに何を言ってるのだろうか?
「全く、信じられないわ――」
「ええ、何も知らずに新聞を持っているなんて天文学的な確率です」
 他のお二方も同様な状態。
「あの、そろそろいいですか?」
 早く普通の会話ができるくらいの正気に戻っていただかないと。とりあえず僕の方に注意を向けさせて、何のことか説明してもらわないと何がなのか全く分からない。更に言えば、この中途半端に広い部室の中で、僕だけが孤立してしまっているようで非常に気まずい。
「ん?ああ、すまんな。あまりのことに自分を見失ってしまっていたようだ。そういえば新聞の件だったな。鰐木田、説明を頼まれてくれるか?」
「わ、分かりました」
 部長の声でようやくこちらの世界に戻ってきた鰐木田先輩のターン。
「それではまず、この年間行事部の活動内容から始めましょうか。犬島君でも知っていると思いますが、僕たちが暮らすこの日本では一年が三百六十五日、閏年は三百六十六日と定められています。さて、問一です。一年のうち、現行の法律で定められた国民の休日、一般的には祝日と呼ばれる日は何日あるのか、分かりますか?」
 分かるわけないじゃないですか。
「――十日くらいですか?」
 当てずっぽうだが問題には答えないと。
「残念、ハズレです。正解は、約十五日。このような曖昧な言い方をするのも理由がありまして、簡単に説明しますと、極希にですが日本国内で大規模な催し物がある際、その日を国民の休日にできるという法律があるからなのです。ここまではよろしいでしょうか?」
 黙って頷く。こんなに細かく噛み砕かれれば小学生にも分かる。
「いいでしょう。では問二。今言った国民の祝日を含めて、この国にはいくつ記念日があるのでしょうか?」
 だから、分かるわけじゃないですか。