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つるさんのひとこえ 4月編 其の一

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4月5日



 4月5日(火) 晴れ


 息が、白い。暦の上ではとうに春だというのに、バス停から学校へ向かって伸びる坂道には、同じように白い息を吐きながら坂を上る新入生と思わしき人が大勢いた。何を根拠に―思わしき―なのか。現在、僕の左腕に巻かれた腕時計のデジタルは12:09と表示されている。この時間にこの坂を上っているということは、僕のようにこれから入学式に出席する新入生以外ほぼ有り得ない。もしそれ以外で僕と同じ制服を着て今この坂を上っている人がいるとすれば、よほどのお寝坊さんか、あまり素行のよろしくない方のどちらかと相場が決まっている。前者はともかく後者とはあまりお付き合いしないようにしないと、なんてことを考えながら歩を進めていた僕を真横から呼ぶ声。
「夕貴っ!」
 突然名前を呼ばれれば誰でも驚くだろう。まして、考え事をしながら坂を上っている最中ならば尚更だ。
 声がした方向、つまり真横に目を向けると、そこには誰もいなかった。否。少し下に目を向けると、そこには僕の幼なじみがいつの間にか隣を歩いていた。
 名前は神藤マキ。前述の通り、僕の幼なじみで小学校からの付き合いだ。身長は小さいけれど非常にパワフル。小さな巨人。とにかく元気。学校を休むとすれば危険度レベル5のウイルスにやられた時くらいなものだろう。まあ、もしそうなったとしても一日休めば何事もなかったかのように登校してくるんだろうけど。
「いきなり驚かせるなよ。にしてもお前、相変わらず小さいのな」
 こんな軽口を言いあうのが僕たちの間での昔からの挨拶。しかしそれも最近では僕からの一方通行。
「そんなつもりじゃなかったんだけどさ。ていうか夕貴が大きすぎんだよっ!それに去年の九月より28mmも伸びたんだからっ」
 思った通り、マキからの応酬はない。というか、僕は身長が高い方ではない。中学時代の僕の身長はクラスでちょうど真ん中くらいだったし、中学を卒業してから今までの期間で急に成長したわけでもない。
「で、四月五日、今現在の身長は?」
 大きくなりましたアピールをしてきたマキに対してぶつけたこの質問に、決して悪気があったわけではないが、自身の身長にコンプレックスを抱いている彼女にとってその質問は途轍もない悪意が込められたもののように感じたらしい。その証拠に、元々小柄な彼女の身長がもう一回り小さくなったように見えた。
「――じゅうなな」
「え?何だって?」
 俯いて更に小さくなった身長に比例したような小さな声を聞き取ることができず聞き返す。
「一四七センチって言ったのっ!夕貴のバカっ!!何度も言わせんなっ!!!女の子に身長を聞くなんて信じらんないっ!」
 小さくなった身体からいきなりの大声。小さく見えたのは怒りを溜め込んで内に凝縮させていたからなのか。
 とにかく、女の子には体重と年齢、スリーサイズの他に身長も聞いてはいけないらしい。しかし、いくら溜め込んだとはいえ、あの小さな体でよくあんな大声が出せるもんだ。早くその大声に見合うくらいの身長になれるといいな。ささやかながら願っておこう。生温かい気持ちになったことで思わずニヤついてしまったかもしれない。
 ――。周りを見渡すと、いつの間にかこの微笑ましいやりとりは注目の的になっていた。新しい学校での生活が始まる前にこんなにも目立ってしまうとは。コイツはなんてことをしてくれるんだ。
 神様!前言の撤回を要求します。さっきのささやかな願いはなかったことにしてください。ため息を吐きながら真横に目をやり、少し視線を下げたがそこには誰もいなかった。
興味と注目の視線の爆心地に僕だけを残して、マキは既に坂を上ってしまっていたのだった。
「全く。あいつのせいで初日から散々だ」
 入学式の日、まして記念すべき初登校の途中であんな風に注目を浴びてしまっては、こんな哀しい独り言が勝手に口から出ていく。まあその原因も僕のほうに少しはあるのだけれど。
「もう一回、家を出るとこからやり直せないもんかな」
 何かを悔む独り言というのは、どうやらそう簡単には止まらないらしい。さっきのことを思い返すと、何か肩に重いものがのしかかって、一瞬ふらついたような気すらした。初日からこんなんで、これから3年間大丈夫なのか、僕? いや、こういう時こそ冷静になって考えよう。
 少し冷えるけど、空は雲ひとつない天気だし、坂を上りきったここからなら海まで見える。桜の木のつぼみも来週には開きはじめるだろう。――こんな日に独り言ばかりつぶやいている僕って。余計に肩が沈んだ。
 ――。さっさと教室に入ってしまおう。そうすればきっと気持ちも落ち着くさ。
 生徒用正面玄関に貼り出されたクラス分け用紙に従い、僕が高校生活1年目を送る教室へと向かう。
「で、やっぱりか」
 嫌な予感というものは大体当たってしまうわけで。あえて生徒用玄関では確認しないようにしていたが、教室に入ると嫌でも目に入ってしまった。注目という名の地雷を僕に踏ませたヤツが。近くにいる時は視界に入らないくせにどうしてこういう時だけ――。
 極力マキの方を見ないようにして、自分の名前の書かれている席を探した。廊下側の前から二列目。幼なじみとの距離は十分だ。席につき、鞄を机の横のフックに掛けた瞬間、高校生活の始まりを告げるチャイムが鳴った。

 チャイムが鳴ってから何事もなく二、三分経っただろうか。教室のドアが勢いよく開いた。クラス全員の視線が教室前方のドアに集まる。が、しかし人が入ってくる気配がない。今のは一体何なんだ?と、教室が騒がしくなりかけたところに、廊下から小さな声のやりとりが聞こえてきた。
「ほら、早く入りなさいよ!最初からそんなんでどうするの?あなたが行かないと何も始められないでしょ」
「そんなこと言わないでくださいよぉ――。あっ、行きます。行きますよぉ。行きますから押さない――きゃっ」
 小さな悲鳴と共に、スーツをビシッときめた大人の女性がよろめきながら教室に飛び込んできた。
「もうっ!何するんですかぁ!」
体勢を崩しつつも踏みとどまり、振り返りながらそう叫んだ時には既にドアは閉められた後だった。

「あの――初めまして。皆さんの担任の矢沢涼子で、世界史を担当します。担任するクラスを持つのが初めてなので、至らないところもあると思いますがよろしくお願いします」
 衝撃的な登場のしかたの割には、普通の挨拶だった。恐ろしく早口で小声であること以外は。今の挨拶を聞き取ることのできた生徒は果たして何人いただろうか。
「えっと、何か質問はありますか?」
 やはり小さな早口でこう尋ねた。と、僕の席の2つ後ろの男子生徒が手を挙げた。よかった。どうやら四列目までは先生の声は届いていたようだ。
「先生は何か、部活の顧問をされているんですか?」
 何とも当たり障りのない質問。
「えっと――。年間行事部っていう部活の顧問をやってます。えっと、年間行事部っていうのは――」
 タイミング悪く、小声早口な説明を邪魔するかのようにチャイムが鳴る。
「えっと、こんな感じですね。それでは入学式の時間になったので体育館へ移動しましょう」
 どんな感じだよ!とツッコミを入れたかった生徒は僕だけじゃないはず。