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つるさんのひとこえ 4月編 其の一

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 恐る恐るこの問に対する解と思わしき言葉を口に出してみる。
 「はい。よくできました」
 小学校での最初の授業で褒められた光景を思い出す。あの時は確か、上手に自分の名前が書けたんだっけ。
 「煙草を吸う際、火は必ず必要になります。にも関わらず、神藤さんの鞄からライターやマッチといった着火用の道具が見つかりませんでした。彼女の証言によると、学校で吸うために持ってきたということらしいのですが、わざわざ鞄に煙草を入れて、着火器具を入れ忘れる、なんてことがあり得るのでしょうか?」
 ここまで言われれば、いくら絞りかす以下の僕の頭でも分かる。
 「つまり、何かしらの裏があるかもしれない、ということですか?」
 「そうとは言い切れません。ですが調べてみるだけの価値はあると思います」
 絶対に敵にまわしたくない人だけのことはある。昨日のような黒いにやけ顔ではなく、さながら遅れてやってきた救世主のように微笑んだ鰐木田先輩の顔は本当に頼もしく見えた。もし僕が女の子だったら心臓を甘美な矢で打ち抜かれて即死、ではなくベタ惚れしてしまうんじゃなかろうか?
 「そこで、だ」
 全ての資料に目を通し終えた部長が口を開いた。
 「今日が第一回の世界禁煙デーが行われた日、というのは知っているな?」
 知っていますよ。今朝鰐木田先輩が懇切丁寧に説明してくれましたから。
 「実は四月七日に実施された世界禁煙デーというのは第一回のみで、翌年からは五月の最終日に変わってな。それからはずっと五月三十一日だ」
 ――。つまるところ、何を仰りたいのでしょう?
 「よって、本日より五月三十一日までの五十四日間を世界禁煙デーの予備日とする。この期間中、普段通り年間行事をこなしていくが、今朝の件についての調査も平行して行う。昼休みは交代制で毎日巡視。この調査は真相を突き止めるか、五月三十一日の下校時刻まで継続。それ以降はこの件に関しての一切の手出しはしないものとする。今朝配ったものは期限まで各自で保管。メンテナンスはしっかり行うこと。本日の反省は六月一日の部活動時間に予備日の分と合わせて行う。異存はないか?」
 他の二方と同様に無言の肯定。沈黙をもっての賛成。ていうかメンテナンスって?できるわけないじゃないですか!――後で鰐木田先輩に聞いておこう。
 「それから」
 まだ他に何かあるんですかっ?
 「犬島君。先ほどのスピーチ、素晴らしかったぞ。私も誰かにそれくらい愛されてみたいものだ」
 「な、何を言ってるんですか?!」
 部長のほんの少しだけ角の上がった口から出た言葉にいつもの威圧感はなかった。そのせいか、その言葉は僕のいっぱいになった頭の中に水のように染み渡り、優しく浸食された。愛されてみたい?アイサレテミタイ?あいされてみたい?誰が誰を愛しているというのか。誰が誰に愛されているのか。そんなこと決まってる。決まっているからこそ僕には何が何だか分からない。間違った解を出すくらいなら、僕は何も分からないふりをする。今までそうやって生きてきた。そして、これからもそうやって生きていくつもりだ。
 でも、それならどうして、僕はこんなにも動揺しているのだろう。何が、僕をこんなにも動揺させるのだろう。
 「まあ気にするな。それではそろそろ明日の活動についての説明に移ろう。鰐木田、頼む」
 「はい。了解です」
 気にするなと言われたことに対して余計に気になるのは、全人類に共通した性である。というのは僕の持論。しかしその崇高な持論もこの人達の前ではただの譫言に成り下がってしまう。今は、考えるだけ無駄だ。もうどうにでもなれ。
 「明日は一六時より礼法室を押さえてありますので、そちらで告知通り灌仏会を行います。さて、犬島君は灌仏会という言葉を聞いたことがありますか?」
 かんぶつえ?初めて聞く単語だ。日本人の常識検定準一級レベルの問題とみた。そんな問題、この僕に解けるわけがない。黙って首を左右に動かす。
 「では簡潔に。釈迦の誕生日です。」
 ちょっと待った。簡潔すぎるだろ。
 「ではもう少し分かりやすく。灌仏会、仏教系の保育園や幼稚園では花まつり、と呼ばれたりもしています。旧暦での四月八日が釈迦の誕生日に当たり、この日を記念した行事、とでもいえばいいでしょうか」
 ということはつまり、
 「お釈迦様の誕生日パーティーを開く、ってことですか?」
 「平たく言うと、そういうことですね」
 煙草の所持品検査の次はお誕生日パーティーって。ギャップありすぎじゃないですか、この部活。
 「明日の灌仏会の準備は月極さんにお任せしてよろしいでしょうか?」
 「大丈夫です。例のものですよね」
 月極さんの口から『例のもの』という単語が出ると、心臓が蚊の鳴くような悲鳴を上げそうになる。朝のあれが原因か。
 今日がサブマシンガンだったんだから、明日はライフル?いや、基本の拳銃、ナイフなんかの線もありえなくは――、というか誕生日パーティーにそんな物騒なもの必要ですか?!それ以前に僕たちは健全ないち高校生なんですけど!危なかった。武器のある高校生活に何の疑問も持たなくなるようでは、高校生である前に一人の人間としてダメになってしまう。
 「明日の担当はどのようにしましょうか?」
 「そうだな、昼休みの巡視は犬島君と鰐木田で頼む。私と月極は灌仏会の準備があるのでな」
 「分かりました。では放課後はどのように?」
 「灌仏会自体、そこまで人員の必要なものではないからな。私と月極でなんとかなるだろう。鰐木田と犬島君は準備と後片付けを手伝ってくれればそれでいい」
 「では我々は部室で神藤さんの件の調査を進めておきますね」
 「ああ、それで頼む」
 一言も口を挟むことができないまま、明日の僕の予定が決まった。べ、別に悔しくなんてないんだからねっ!
 「では今日の活動はこの辺にしようか。皆、朝早くからご苦労だったな。解散」
 それにしても早いこと。いや、速い、のか。解散宣言のコンマ五秒後には部室から消えて しまう。おっと、今は感心してる場合じゃない。
 「鰐木田先輩!少しいいですか?」
 昨日、何でも力になると言ってくれた先輩だ。先ほどのやりとりでも、十分頼りになる人だと再認識できたし。不本意でも、一月半近く一緒に行動するこいつのメンテナンスの仕方を教えてもらわないと。
 「何でしょう?生憎僕は同性に興味はないのですが」
 前言撤回。何を仰ってやがるんでしょうか?
唖然となって口の塞がらない僕を一瞥すると、そのまま部室から出て行ってしまった。
 取り残された僕と月極さん。私の記憶が確かなら、昨日もこの組み合わせだったような。
 「犬島君が同性愛者でも、私は大丈夫ですよ」
 ニッコリ微笑むその天使のような顔でそんなこと言わないでください。
 第一、僕は同性愛者じゃありませんから。立派なノンケですから。ストレートですから。
 落ち着け。落ち着くんだ。――OK。ムキになって反論すればそれこそ必死に同性愛者であることを隠そうとしてるみたいじゃないか。ここは余裕を持って否定せず、反応せずで通そうじゃないか。
 「そうですか。ところで月極さんはお時間大丈夫ですか?」