看護師の不思議な体験談 其の四
夜中の2時。
新生児室には防犯カメラが設置されており、ナースステーションからテレビのようなモニターで監視ができるようになっている。授乳や、授乳の準備、検温などで、出入りの激しい新生児室だが、新生児はほんのわずかな時間に全身状態が変化することもあるので、カメラによって常にスタッフが観察できるようになっている。
「じゃ、授乳の準備してきます」
そう言いながら首に下げている鍵を手にする。日中は母親のもとにいる新生児も、夜勤帯は新生児室でお預かりしている。
鍵を開け、新生児室へ入る。
扉を開けた途端に、中にいる新生児たちの声が外に漏れる。
一人が泣き出すと、隣の新生児も泣き始めることも。時には全員がギャーッと泣いていることもある。この小さな体のどこに、そんなパワーがあるのか、いつも驚かされる。みんな生きようと必死なのだろうか。
おなかがすき始めたのか、15名の新生児の泣き声。
(猫みたいな泣き声だなあ)
どんなに大きな声でも、まったく不快に感じない。聞き慣れてしまっているからだろうか。もしくは他人の赤ちゃんだからだろうか。
いつもなら深い眠りについている深夜2時。
大きなあくびをしながら、入り口の小さな手洗い場で手を洗う。ある程度の規模の病院では、大概、水道はセンサーで反応して水が出るようになっている。当院でも、すべての流し場はセンサー仕様になっている。主の理由である感染対策というよりは、病院機能評価のために慌てて修繕したものだけれど。
新生児の泣き声を聞きながら手を洗い、簡易ペーパーで手を拭く。しばらくすると、一旦止まっていた水がもう一度流れ始めた。
(あれ?)
ぼんやりと見つめるが、蛇口からは勢いよく水が出続ける。
(センサーの感知がおかしかったのかな)
ある程度出たところで、水は止まった。
(ま、いいか)
哺乳瓶を手に取ると、もう一度蛇口から水が出始める。
(故障?明日修理伝票、提出しとこ)
とくに気にせず、業務を進めているうちにいつの間にか水は止まっていた。
その代わりに、涙を流して大合唱していた新生児たちが、一斉にシンと静まり返った。
(うわ、やば)
新生児たちが突然静かになる時は、必ず何かがそばにいる時だと、私たちは思っている。もしかしたら、他の病院でもそういうことはあるかもしれない。気のせいかもしれないし、偶然なだけなのかもしれない。
そう思い込もうとするが、やはり物音一つしない新生児室は不気味だ。こんなにも赤ちゃんたちはかわいいのに。
怖いけれども、ミルクをあげないわけにもいかないので、15人分のミルクをそれぞれ準備する。ふと見ると、15人のうち、5、6人の新生児が部屋の角を見つめている。
何かを見つめている。
はっきりとは見えない目で、でも何かを確実に見ている。
(うう、勘弁して)
そう思いながら一人で授乳を済ませていく。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の四 作家名:柊 恵二