アイシテルのカタチ
7
「京介さん!」
突然、お嬢様が叫んだ。
エレベーターのほうを見ると、京介が降りてきたところだ。
「鳳堂さん、どうしてここに?」
「わたくし、京介さんをランチにお誘いしたくて。ご迷惑だったかしら?」
「いえ、迷惑なんてとんでもない。けれども今日は少し取り込んでおりまして」
「あら、昨日電話で一緒に食事してくださるとおっしゃってくださったじゃない。そんなにお忙しいの?」
「大変申し訳ないのですが、先約があります」
「それは大切なの?」
「ええ、とても」
ランチの先約ってまさか・・・。
他人事じゃない気がして、京介に近づいていった。
「翔大」
気づいて声をかけてくる。
「はい、これ忘れ物」
かばんから忘れ物を取り出す。
「どうもありがとう、助かった」
「それと・・・ちょっと来て」
箱入りお嬢様から少し離れる。
「あの人、誰?」
「鳳堂物産っていううちの大事な取引相手のお嬢さん」
「それならお昼ご飯くらい付き合っておいたよほうが良いんじゃないの?」
「でも、今日は翔大と約束したんだし」
「僕とはいつでも行けるから。今日はあの人に付き合ってあげて」
「でも、それじゃあ・・・」
「夜には、お寿司がたべたいな」
「あれ、好きだっけ?」
「うん、好きだよ」
「知らなかった」
「言った覚えないからね。だからさ、今日のお昼はあの人に付き合ってあげなよ」
「・・・わかった。翔大がいいっていうならそうする」
「うん。じゃあ、仕事がんばって」
早々にその場を離れて。同じ道のりで家へ向かう。
一人だけだと昼ごはんを作る気にならないから、最近ご無沙汰だったファーストフードを買って帰った。
「京介さんのためだし・・・」
取引先のご令嬢なら、仲良くしておくのが得策のはずだ。京介さんの仕事のため。
でも、あの人、京介さんのこと狙ってるみたいだった・・・。
結婚話になったっておかしくない・・・だろうな。両方大会社の社長の子息令嬢なんだし。
もし結婚とかになったら、僕はお払い箱かなあ・・・。
やっぱり、いつまでもこんな幸せ続くわけないし・・・。
それを考えると息苦しくなって、首を振って忘れようとしたけど、そう簡単に頭からはなれてはくれなかった。
時間は少し戻って、翔大が去った後のオフィスでは。
「今の子は・・・?」
「忘れ物を届けに来てくれたんです」
「そうですの、弟さん?」
「いいえ、それより先約がキャンセルになりましたのでランチでもいかがですか?」
話を誤魔化しながら、ランチへと誘う。
もちろん返事は一瞬だった。
ランチに誘ったのはいいけれど、翔大のことが気になって仕方がない。
俺は、翔大が女の子と二人で食事に行ったりしたら嫌だけど、翔大はそうじゃないのか?
女性と二人で食事してても何も感じない?
俺だったら、翔大とランチに出かけた女の子にかなり嫉妬するけど。その女の子が翔大のこと狙ってるなんていう状況だったら、とても我慢できないけどなあ。
『仕事に口出さないって決めてるし』
って言ったくせに充分口出してるじゃないか。
鳳堂のご令嬢と付き合っておけば得だ、なんて口出し以外の何だって言うんだ。
なんで俺は、翔大との約束をふいにしてまで、このご令嬢の相手を務めているんだろう。
「・・・さん、京介さん!」
「え、はい?」
「もう、さっきから何度も呼んでますのに気づいてくださらないのね」
「すみません、少し考え事を」
「ランチをキャンセルされた相手のことですの?」
「ええ、そんなところです」
「その方は、京介さんの大切な方なの?」
「ええ、とても」
「さっき書類を届けに来てくれた子かしら?」
「さすが、鋭いですね」
「誰にでもわかりますわ」
それっきり、あまりはなしが弾まなくなったのには正直ほっとした。
これ以上つきまとわれるのは、面倒で仕方がない。
ランチを終えて、外へ出ると白のベンツが店の前につけられていた。
「わたくしはこれで失礼しますわ」
「はい、お気をつけて」
「突然のお誘いなのに付き合ってくださってありがとう」
「こちらこそ、楽しい時間を」
「うそがお上手ね、さすがだわ」
そういいながら微笑んで車へと乗り込んだ。
走り去るのを見送って、オフィスへと戻る。
なんだか、どっと疲れた昼だった。
作品名:アイシテルのカタチ 作家名:律姫 -ritsuki-