アイシテルのカタチ
5
脱ぎ捨てたスーツの上着から、携帯電話の着信音が響いてきたのはそのとき。
どうせ秘書だろうと名前も確認せずに電話に出た。
「はい?」
『京介さん?私、今日のパーティでお会いした鳳堂亜矢子ですけれど』
聞きなれない声と名前に驚いて、あわてて居住まいを正す。取引先の社長令嬢。
「鳳堂さんのお嬢さんでしたか。失礼。本日は大変楽しい時間をありがとうございました」
『いいえ、楽しませていただいたのはわたくしの方ですわ。それと、どうぞ亜矢子とお呼びになって』
「えっと・・・亜矢子さん。どうして私の番号を?」
『あなたと付き合いのあったうちの社員にお願いして教えていただいたの。勝手なまねをしてごめんなさい』
この人に自分の連絡先を教えたであろう取引先の社員の顔を思い浮かべる。今度会ったら文句をいっておかなければ。
「それで、ご用件のほうは?」
『とくに用件というものはないのだけれども、今日わたくしをエスコートしてくださったお礼に今度うちのホテルでお食事でもいかがかと思って』
「それはお心遣いありがとうございます。ですが本当にお礼をいただくほどのことはしてませんので」
『あら、ではお礼と言うのではなく、わたくしが個人として是非あなたをお食事をしたいとおもっているのですけれど』
「それは、光栄です」
『では、またお誘いさせていただきますわね。今日は本当にありがとうございました』
「いいえ、こちらこそ。それでは」
相手が切ったのを確認してから、通話終了ボタンを押した。お嬢様の顔をつぶさないのも楽じゃない。
今日出席したパーティで、社長である父からいいつかったのは、あのご令嬢のエスコート。
正直、お嬢様のエスコートほど疲れる仕事はない。
こんなに疲れて帰ったのに、翔大とは喧嘩みたいなことになってしまうし。
「今日は最低な日だな」
そう呟きながら、風呂場へと向かった。
風呂から上がると、一応翔大の部屋の扉をたたく。
「翔大?本当に寝たの?」
ドアを開けてみるけれど、電気が消えて、ベッドが膨らんでいる。
「本当に寝たのか・・・」
寝ていないとしても、この状態は話し合い拒否の合図。
「また明日かな」
翔大の部屋のドアを閉めて、リビングへと戻り、仕事用のパソコンを開いた。
次の日は、翔大の学校は休みだけれど、京介はいつもどおりに仕事へ。
京介が家を出る時間にはまだ翔大は起きておらず、結局話はできないままだった。
そして京介が失敗に気がついたのは午後を少し回った時間。
「・・・しまった」
かばんに入っているはずの封筒が入っていない。
「家に忘れてきたか」
そう呟きながら時計を見ると、今から家に取りに戻る時間はない。
となると取るべき方法は一つしかなくて、携帯をとりだして、自宅へと電話をかけた。
『はい?』
しばらくのコール音の後、相手が電話に出る。
「翔大?俺だけど、もし今ちょっと暇だったら頼みがあるんだ」
何事もなかったかのように話しかけると相手も同じように会話を続けた。
『いいよ、なに?』
「部屋の机の上にA4サイズの白い封筒おいてない?」
『うん、あるよ』
「それもってきてもらえないかな?忘れてちょっと困ってるんだ」
『わかった、会社行けばいいの?』
「そう。着いたら受付に声かけてくれればすぐ行くから」
『わかった、たぶん30分くらいで着くよ』
「よろしく。昼ごはんは一緒に食べよう。行ってみたいお店考えておいて」
翔大が持ってきてくれる封筒を人事部に出して、お昼にしよう。
いつも作ってもらってばっかりだから、たまには何かちょっと高級なものでも。
作品名:アイシテルのカタチ 作家名:律姫 -ritsuki-