アイシテルのカタチ
2
その日は、夕食をとるタイミングもつかめないほど忙しかった。
自宅近くのコンビニでタクシーを降りて、何かつまみでも買って帰ろうと店内へ入る。
自動ドアが空くと同時に、「いらっしゃいませ」と声がかかるはずだが、その声は聞こえてこなかった。
いつもなら、それくらい気にすることはない上に、声がかからないことをむしろ快適に思うのだが・・・その日は何故か気になって、店員がいないのかとレジをみる。
店員は、立ったまま、レジでこっくりと船を漕いでいた。
怠慢だな・・・と思いながら、目当ての商品をいくつか持ってレジへ向かう。
ゴト、と商品が台に置かれた音で店員が目を覚ましたらしく、はっと顔を上げた。
「い、いらっしゃいませ」
寝ていたことを取り繕うように言って、バーコードスキャナーを手に取った。
その顔も、声も、京介が予想したよりもかなり若い。
ピッ、ピッと商品は読み込まれていく。
「736円です」
財布を出したけれども、目の前の少年が気になって、なかなかお金を取り出さない京介を不審に思ったのだろう。少年が京介の目を覗き込んだ。
「あの・・」
「君は、高校何年生?」
こんなに疲れているときなのに、面倒くさそうなことに首を突っ込んだな、と冷静な自分は思う。でも、今ここで声をかけないといけない気がした。
「え?1年ですけど」
「高校1年生?」
「あ・・・」
聞き返すと、しまったというように口を押さえた。
「店長を呼んできなさい」
日付も変わりきった時間に高校生を働かせているなんて。高校生は夜の10時を過ぎたら働いてはいけない。そんなことも知らないのか。
「あの、なんとか・・・見逃してもらえませんか?」
「さっきそこで船を漕いでいたじゃないか」
「せめてあと10日・・今月いっぱいだけでも夜に働かないと、まずくって・・・。今月の給料が入らないと、来年度の教科書代が払えないんです」
教科書代なんて、こんな深夜まで働かなくても手に入るだろうに。
客とバイトが喋りこんでいるのを不思議がって、奥の扉から人のよさそうな中年男が出てきた。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「この店では、こんな時間に高校生を雇っているんですか?」
ずばりと聞くと、店長は気まずそうな顔をした。知っていたんだろう。
「明石くん、悪いけどお客様に迷惑をかけてしまった以上はもう無理だよ」
「そんなっ、店長・・・」
「お客様、申し訳ありませんでした。明石はこれ限りとしますので」
「そうしたほうが彼のためでしょう」
「ごもっともです」
不服そうな顔をしている本人を差し置いて、話は進む。
「代わりの子呼ぶから、もう着替えて帰りなさい。この時間までの給料はちゃんとつけるから」
「・・・はい」
聞き分けよく、裏へと引っ込んだ。
「申し訳ありませんでした」
店長がレジを変わり、目当ての商品を買って外へ出た。
作品名:アイシテルのカタチ 作家名:律姫 -ritsuki-