初恋の頃
初恋の頃
「編集長、長い間お世話になりました」
「貴女なら立派な奥さんになれるわ。お幸せにね」
私はため息を吐く。
この若い女性向け雑誌の編集部から、また一人、部下が去っていった。
寿退社。
説明が必要かしら?
結婚して、仕事を辞めたのよ。
編集部の仕事は時間的拘束が多く、新婚には酷な仕事。
それだけじゃない。
結婚すると、主婦の視点から物事を考えるようになってしまう。
全ての女性がそうだとは言わないけれど、視点が変われば原稿の内容も変化してしまうから、結婚と共に退社するのがこの編集部での通例となっている。
だから、弱冠二十九歳の私が編集長なんかできているわけで。
高校を卒業してすぐにバイトとしてここで働き出したから、キャリアとしては十年ちょっとになる。
四年勤めれば“古参”と呼ばれてしまうような職場において、私の存在は明らかに異色だった。
私がバイトとして働いていた頃の社員は、誰一人として残っていない。
その入れ替わりの激しさが、雑誌としての新鮮さを維持させるのに一役買っている。
読者と同世代の者が作ることで、心をガッチリと掴んでいる。
社員はみんな二十五歳以下。来月三十歳になる私は最年長。
一部の社員に“行き遅れ”と囁かれていることも知っている。
「編集長。特集のインタビューですが、原稿チェックお願いします」
特集のインタビュー。
欧州で活躍していた日本人サッカー選手が、突然日本に帰ると発表し、サッカー界を騒然とさせていた。
マスコミ嫌いで有名なその選手は、うちの雑誌で独占インタビューをして欲しいと逆指名してきた。
私は原稿ではなく、取材した記者と交わした言葉が全て記されているインタビューの全文を手に取った。
そうして、目を逸らすことができない質問を見つけた。