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初恋の頃

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私は幸せです



「ただいま!!」
「おかえりー」
「お母さんお母さん、今日ね、ぼくね、算数のテストでクラスで一番になったよ!」
「すごいじゃない!  さすが私の子だわ!」
「次のテストでも一番になれる様に、ぼくがんばる!」
「よーし! お母さん応援しちゃうよ!」
「ぼく、遊びに行ってくるね!」

 私は駆け出した我が子の背中に、今夜のおかずが大好物の唐揚げであることを告げた。
 近所の公園で野球かサッカーをするのだろう。友達と交わす話し声が、微かに耳に届いた。
 どちらにしろ、今日も泥だらけで帰って来ることに違いはない。着替えとタオルを用意しておこう。

 息子が出掛ける前にテーブルにおいて行った算数の答案用紙を眺める。
 まず飛び込んで来るのは、枠からはみ出るほどに大きく書かれたカクカクとしたぎこちない漢字の名前だ。
 そのすぐ右横には、赤字で書かれた“98”という数字があった。

 配点は1問2点。全部で50問。
 どんな問題を間違えたのかと探してみれば、“0”と書いたつもりの数字が、頭が飛び出して“6”の様に見え、不正解とされてしまったみたいだった。

「はは……さすが私の子だわ……」

 あの子の癖字は私譲りだ。文字が遺伝するなんて聞いたことないけれど。
 私も0と6を読み間違えられて、悲しい目にあったことがある。
 携帯の番号を書いた紙を渡したのに……ってやつ。違う番号を渡した悪戯だと思われてしまった。
 その人と付き合うことはできたのだけれど、恋愛経験がまるでなかった私は、彼を好き過ぎて、彼にのめり込み過ぎて、あっという間にフラれてしまった。

 それが私の初恋。
 0と6の思い出。
 私だけが張り切ってしまってバランスが取れなくなった、“6”の形だった恋の話。

 あの時、私はずっと好きでいるからねと、あなた以外の誰かを好きになんてなれっこないと、そう言って何度も電話して、電話する度に泣いて、あなたを困らせていたね。

 そんな私も、結婚して、子供を産んで、いまは人並みに幸せな暮らしの中にいます。

 でも何故か、幸せを感じた次の瞬間には、こうして思い出しているんです。

 ろくでもない、初恋の話を。



 あなたは元気でいますか?


 私は幸せです。



               ― 私は幸せです 了 ―
作品名:初恋の頃 作家名:村崎右近