初恋の頃
Q.好きな女性のタイプは?
A.約束を忘れないでいてくれる人ですね。
約束……
あれを約束と呼んでいいのかな?
Q.いま恋人はいますか?
A.います。でも、忘れられてしまっているかもしれない。
覚えてる。
覚えてるよ。
高校にも行かず、『俺、イタリアに行く』って一言で欧州に渡って、それから十五年も連絡してこなかった、私の幼馴染。
Q.それはどういうことなのかお聞きしても?
A.約束したんです。三十になったら迎えに行くと。
『三十歳になったら戻ってくる』
『そしたら、結婚しよう』
Q.それが日本に帰る目的なんですか?
A.はい。って言ったら、いろんな人に怒られてしまいそうです。
怒るよ。
当たり前じゃない。
私の青春を返せって怒鳴り散らしてやるんだから……
Q.
A.
最後の質問には、質問した内容もその答えも書かれていなかった。
「編集長、二番にお電話です」
反射的に受話器をすくい上げ、二番を繋ぐ。
「もしもし?」
「最後の質問だ。『Q.俺と結婚してくれないか?』」
受話器から聞こえてきた声に、呼吸を忘れてしまった。
視界は歪み、思考は停止寸前。
「は……」
い。と言おうとする口をムリヤリ閉じる。
一途に待っていたけれど、こっちにだって女のプライドってもんがある。
こんなバカ男は、簡単に許しちゃいけない。
自分がどんなことをしでかしたのか、思い知らせてやらなきゃいけない!
「十五年分、キッチリ返してもらうからね! 話しはそれからよ!」
ガチャン。
耳が熱い。
心臓がドキドキしてる。
「編集長、おめでとうございます」
遠く離れた彼を想う日々が苦しくて。
逃げるように仕事に打ち込んで。
いつの間にか何も感じなくなって。
「十五年も一途に待っていたのよ。バカだと思うでしょ?」
夢に向かって走る少年に恋してしまったおバカな少女は、想いを眠らせたまま年老いて行くんだと思ってた。
色恋とは無縁のままで生きて行くんだと思ってた。
「いえ、そんなことないです」
「ありがと」
頬を伝う涙に溶けて込んでいる気持ちは、十五年前と何も変わらない。
私はまだ“初恋の頃”のままだ。
― 初恋の頃 了 ―