あいねの日記1.5日目
美弥子との接点は薄いと思うのだが、怪しい事には違いないのだ。確かめておいて損はないだろう。待ちに待った放課後、さっそく計画実行を開始する。
人気のない場所で待つなんてまどろっこしい事はしていられない。さも当然のように堂々と相手の教室に入り。さも当然のように誘いだし、逃がさぬ場所に連れ込む。それだけ。
私の向かった先は、吹奏楽部がよく使う個人練習用の防音室。
「お久しぶり、そちらはご機嫌麗しいようでなによりね。ま、私は誰かさんのせいで散々な目に遭いましたけれど。本人を目の前に誰かさんなんて、わざわざ名を伏せる必要もありませんでしたね」
「な、なんなのよ。いきなり呼びつけたりして。あなたには謝ったでしょ? いまさらこんなところに呼びつけてどうするつもり? まさか脅すつもりなの?」
「ええ、そのまさかよ。もちろん脅すに決まっているじゃない? そうでもなければ、このような場所になど呼ぶ必要なんてないでしょう。なにを考えて、のこのことここまで付いてきたと言うの? 覚悟も無しに付いて来る方が、どうかしていると頭の中身を疑ってしまうわ」
「そんな事をしてただで済むと思ってるの?頭、おかしいのはあなたの方じゃない」
「そうかしら? あなたはただで済んでいるでしょう。ただではないとしても支払った代償なんてちっぽけなものでなくて。それとも私の記憶違いでした? もしそうだとしても、私もその程度の代償は支払ってもかまわないつもり、と言うだけですが」
「ちょ、ちょっとまってよ。私だけが悪いわけじゃないよ。私だけ悪者に仕立てるなんてひどいでしょ」
「あらあら、あなただけとは一言も口にしていないはずですよ。それとも、あなただけで済ませてもらえるのかしら? その方が私としても手間がかからなくて嬉しい限りね」
やるからには禍根を残そうが、徹底的に叩き潰す。これが私の考えだ。
「まだあなたには指一つ触れてもいないのに、そのような態度では困ってしまうわ。それでは私の楽しみがなくなってしまうと言うものでしょう?」
「なにが目的なのよ、あの時一緒だった他の子の事でも知りたい? それなら教えてもいいから、とにかくこんなたちの悪い冗談は辞めてよ」
「別に私はあなたが恐怖に顔を歪めてくれさえすれば、それ以上に求めるものなんてないわ。情報なんてこちらから聞かずとも、口を滑らす輩は他にもいらっしゃるでしょうし。わざわざ手間をかけて、あなたから聞きだす必要性なんてこれっぽっちもないもの。とは言え、関係者全員がいなくなったのなら、その時にでも聞かせて頂けますか?せっかくの提案ですし」
「待ってよっ! 私だって、あの時はしたくてしたわけじゃない。ただ部内の規律を乱すから、罰が必要って。みんなで決めた事なんだって」
「何度、同じ事を言わせれば気が済むのかしら? そんな事を聞きたいとは、一言も言ってないでしょう。思っていたよりも頭の悪い方ですね。まだ始まって間もないのに。これでは私も対処に困ってしまいます。扱いに手間をかけるのは、私としても面倒なんですよ? その辺判ってもらえてるのかしら?
前もって忠告しておきますが、叫んでも無駄ですからね。この部屋自体が防音になっていますから。ですが、叫んでいただいても私は一向にかまわないんですが。その時はこの部屋の規律を乱したという事で、罰を覚悟してもらいましょう。名案でしょう?
それともどうですか? ここはいっその事、得意の暴力にでも訴えてみます? とは言え、私も考え無しに提案しているわけではありませんし、それ相応の準備はしていますけど。役に立つとは思いませんでしたが、なにが起こるかわからないものですからね」
スカートのポケットに手を忍ばせる。
「まだ一人目だもの、連れ込まれて脅されて正当防衛で傷つけてしまった。と言う風にでっち上げる事はそう難しくないでしょう。あなたと違って私は周囲からも信頼を得ていますから。先生方や周囲の人たちを説き伏せるくらいわけもないでしょう。
もともとの被害者は私だったものね。ふふ、私にとっては都合のいい事尽くしのようですよ。初回から切り札を切ると言うのも風情に欠ける気もしますけど。
さて、ここで小休止を兼ねて問題です。既に加害者として認知されているあなたが正直に話したところで、どれほどの信頼を得られると思いますか?」
容赦なく全力を持って勝負を征しにいく。
「ね、ほんと怖いって……。冗談ならこれくらいで辞めにしよう? 私もなにもなかった事にするし、誰にも口外しないって。この先なにがあっても藤倉さんにはなにもしないって約束するから。ね? お願いするから……?」
「あら、私はもう既になにかされちゃっているのよ。この気持ちはどうしたらいいのかしら? もちろん、これからそうしてくれると言うのは、あなたの選択の自由かもしれませんね。それでも、いままでの事をあの時の謝りのみで許せって言うのは、無私がよろしくありませんか? あの程度で私の気が済むと思うだなんて、私もだいぶ見くびられたものですね」
「ごめんなさい、ほんとにごめんなさい……。ね、お願いだから許して……。藤倉さんの事なんでも言う事聞くから……。お願いします……」
この辺が締め時だろう。追い詰めすぎては窮鼠猫を噛みかねない。
「あっそ、じゃあ屋上から飛び降りてもらおうかなぁ。そしたら許してあげてもいいかも」
さも名案を思いついたかのように言い募る。
「なっ……。そ、そんな事できるわけないじゃないっ!」
「あれれ〜、さっきなんでも言う事聞くって言わなかったかなぁ? 言ったわよね。いくらあなたでも、この数分の会話すら記憶できないとは思えないもの」
「わ、私が…できる事でおねがいします……」
「なにそれ? なんだかずいぶん薄っぺらな、なんでも叶うおまじないなのねぇ。がっかりだわ……。その程度のおまじないならニュース番組の占いの方がまだ効果があると思わない? ま、いいわ許してあげるから、とりあえずこれにまずは答えてくれないかな?」
「うん、知ってる事ならなんでも……」
「なぜ謝りに来たのかしら。3、2、1、はいどうぞ?」
「えっと、……先生から藤倉さんにきちんと謝るんだぞって言われて」
と言う事は、山口先生も一枚噛んでいたのだろうか? それともこの子たちの詰めが甘かっただけと見るべきだろうか。
「それにしてはいまさらな時期よね」
「わからないけど、先生に言われて藤倉さんに手を出したわけじゃなくて、あの時は部のみんながそうしようって決めてて……」
「よく分からないけどばれてしまって、先生から謝れと促されたのね?」
長くなる前に、話の腰を折る。
「そのとおりです……」
「なんて言われたのかしら?」
「えっと、『おまえらも事情はあったろうけど高田がそそのかしたって事は分かってるんだ。いまなら謝れば、事を大きくするつもりは先生たちにはないから』って」
またしても先生と言う壁で詰まるのか。美弥子はいったいなにしたと言うのだろう。
「じゃあ、その高田美弥子について聞きかせてもらえるかな?」
「最近、藤倉さんと仲良くしていた事は知ってるけど」
作品名:あいねの日記1.5日目 作家名:Azurite