あいねの日記1.5日目
部活の顧問をしてなくてクラスの受け持ちをもたない身でも、出勤しろって言われてるのよ。まあ、確かに雑用なんて山ほどあるからねぇ。若いから自由が利くだろうとかなんとか適当な理屈つけてきてさ。こっちが新米だからって体よく利用するつもりなのよ? ほんとやになっちゃう。
私にもうちょっと才能でもあればねぇ、君を弟子にしてパリにでもいくんだけどなぁ。ま、ないものは仕方ないし、出来る事を精一杯がんばんないとね。そうしないと君にああ約束した手前、示しが付かないってだけなんだけどさぁ。
失敗したよなぁ……。あの時見た限りじゃどう見てもおちこぼれにしか見えなかったのに、サラブレット並みの優等生じゃないの。先生、本気で騙されちゃったよ。非行に走らせるわけにはいかないかな、なんて気持ちで軽々しく約束なんてするんじゃなかったなあ」
さっぱり先生の意図が掴めない、わざとらしいにしても限度と言うものが物がある。日頃から好きなオペラやミュージカルのような、大げさな振る舞いを真似ているにしても、さすがにこのやり取りは面倒に思えてしまう。
「私の一日の色は、灰色一色の同じ色のまま変わる事が無いんです」
とりあえず、無駄な口上を止めさせる事にする。
「えっ、そんな出だしに戻るの? 普通ならここで、夏休みに一緒に出かけましょうかってるねぎらいを見せるところよね?」
「先生に分からないとは思えません。意図に関しても話せるであろう情報の有無に関してもです」
とても申し訳ない事をしているのは分かっている。それでも時と場合を考えたら付き合えるわけがない。
「あくまでスルーなんだ……。そりゃこんな話する雰囲気じゃないにしても、ちょっとくらい乗ってくれてもいいのに。先生の夏休みの灰色さも、君に負けてないと思うよ。
はぁ……、仕方ないなぁ。その事なんだけどさ、夏休みがあけるまで待てないかな? 君が待つって約束してくれるなら先生の知る事をすべて話してあげてもいいよ。先生、君との約束は破った事ないでしょ?信用してくれてもいいと思うんだよね。それとも師の言う事も信じらんないくらい、灰色に塗りつぶされてる?」
要すると、あと少し待てと言う事で私が待てませんと言う言葉を期待しているのだろう……。
「先生……」
私は違う意味で疲れた。複線としては長すぎる。
「待てないって言うなら君自身が勝手に動いてみればいいと思うよ。ただ、師に逆らうからには協力どころか助言なんてするつもりはさらさらないからね。君が満足して私の元に戻ってきても、君をどうするのかも私の一存で決めさせてもらうつもり。選ぶのも決めるのも君の自由、やりたいようにやればいい。でもね、それは私にもある権利なのよ。私が今後、君をどう扱うかを選ぶのも決めるのは私。それじゃあ、私も忙しい身だからこの辺りで失礼するね」
あくまで最後まで続けるんですね。なんだかかっこいいセリフも、台無しにしてしまった気がする。構ってもらえなくて駄々っ子になった子供のように見えてならなかった。ぷんぷんなんて擬音がつくような足取りで去ろうとする。大人げない。
確かにずっと待ちを決め込んでいたし、ここに来ても待とうとしていた私にはちょうどいい薬かもしれない。でも、わかりにくいボケにしか見えなかったのはここで口にするべきじゃないのだろう。
「どうもありがとうございました……」
立ち去る先生に向けて、せめてもの礼を尽くす。きっと私のために一生懸命考えてくれたのだろう。こんな感じで話そうかなとかあんな感じでもいいかなとか。ここでこの返事からこう繋げようとか。プロットを立て台詞回しを考えて。いろいろと当初の方向性を見失っているように感じたが、芸術家のする事の一言で済ませてしまえるのが先生と私の関係のいいところ。
とりあえず、得るものはなにもなさそうだと判断する。もっと言えば来なくても良かったのかもしれない。無駄に長かったけど、さっさと調べはじめなさいと言いたいだけだろうから。確かにいままで思考を停止させ続けていた気がする。
今更手遅れと言われても仕方ない、それでもやるだけやって後悔を少なくするべきだ。
美弥子がなんらかの鍵だと言う事は確定事項で間違いない。あの様子では先生も情報提供を止めるよう言い含められた対象の一人なのだろう。少なくとも日頃から理詰めで持って回った言い方を好む人ではない。美弥子に似て、直感に重きを置くタイプだ。それを踏まえれば、回りくどい手段を選ばざる得なかったのだろう。
そうなると、教職員も同様と見做すべきだろうか? それとも、一部生徒と同様? もしくは、美弥子と先生のみと言う括りに分けれる。あからさまなわざとらしさを考えれば、美弥子とのみと考えるのが妥当かもしれない。
それと夏休みの間になにか起こる。いつもの先生なら、流石にこんな風に接っするような真似はしないし、いやらしいくらいに夏休みを強調していた。まあ、あなたがただの優等生として通すなら、黙って待っていればいいわと言ったと解釈する事も可能かな。なんともひねくれた人である。芸術家なんて言うものは、誰しもこうなのだろうか。
それでも私は、そんな先生を信頼している。助言なんてしない、協力しない、なんて言いつつやっぱり先生は甘い。これだけの言葉を受ければそれで十分だ。先生の指示に従うなら動けって事だと再確認させられたのだから。
それも出来る限り速く。限られた時間を有効に。無駄をなくし有限である枠を最大限に広げ。最大限まで広げた枠を、私の全ての力を注いで活かす。それだけ。
終業式は目前。それを過ぎればタイムアウト。そうと決めたならさっそく行動に移さなければいけない。
解法を握る者から聞き出す事は難しいだろう。先生から聞き出す事が適わないのなら、きっと美弥子も同じなのだろう。それに簡単に聞き出せるなら向こうから話していた事だと思う。
となると答えとしては、私に美弥子との一件があった後に、近づいてきた者をあたればいいだけ。態度を改めた者はそうは多くはない。少なくとも一件があった直後に限定するならば。
最近の出来事を洗いなおす事は、確証を掴んでからでも遅くない。むしろ必要などないだろう。枝分かれした分岐点の出来事を掘り下げるべきだ。先生や美弥子に追いすがるより、簡単に尻尾をつかめるに違いない。まずは陸上部の面々だろう。こうなると放課後が待ち遠しく思えてくる。
そしていままで思い至らなかった、自分の身の程の低さを恨めしく思う。なにが出来のいい優秀なサラブレットだ。いまの私は飼いならされた駄馬じゃないかと。
先生なりにずっと待っていてくれたのだろう。お前はなにをのうのうと偽りの平和に飼いならされているのかと。そうやってずっと待っていたのだ。いままで積み上げてきて、やっとこの程度になれた。でも、それではまだ先生の理想にすら届いていない。私が求められた理想は、遥か高みにあるのだから。
まずは気の弱そうな者よりも、上に立つ物を狙うべきだろう。今回は時間も限られている。調査に時間を費やし、刻限を迎えてしまっては意味がない。いままで手を下すつもりなどなかったが、嫌がらせの主犯格などとうに調べ上げてある。面倒だから放って置いたまでだ。
作品名:あいねの日記1.5日目 作家名:Azurite