一万光年のボイジャー
「そうだよ、だから黙ってたんだよッ」
やはり、ハックルベリーは話題の発端だ。シューは思った。
手ではまだアカシアのスカートを掴んでいた。今度は別の理由で飛び掛かるかもしれない、と思っていたからだ。
『オレンジ色の太い光の軌跡、その中心に一定間隔で点滅する赤いランプ、星雲の遥か向こうに微かに肉眼で確認できるが、数秒で通過して消えてしまう』
今年になってから現れた噂の概要だ。
以前『未確認飛行物体』が噂になったことがあった。子供は噂と悪戯が大好きだ。
「その話――前に流行った『未確認飛行物体』と決定的に違うところがあるわ」
自分が今考えていたのと同じことを誰だかが言ったので、シューはついアカシアのスカートを放してしまった。
今の今まで子供たちの輪から一人外れ、稲穂の根元で何か採集していたエーミィが、立ち上がってこっちを見ている。
「違うところがあるわよね?シュー」
エーミィが話に加わるのは珍しかった。
子供離れしている、というわけではない。ませている、というわけでもない、皮肉屋でもない。ただ何か、普通の子供とはやや存在チャンネルの違うような人間で、勉強もスポーツもできるしハジキにされることはもちろん無かったが、和気あいあいとすることもまた無かった。
歯止めにと掴んでいたスカートをシューが放してしまったので、アカシアが一目散にハックルベリーの元へ飛んでいく。しかし、シューはエーミィから目を離せず、半ば睨むように彼女を見ていた。
「やめろよぅおまえら、大人に叱られるよ」
シューとエーミィの間をカミュが駆け抜けて土手の下へ降りて行った。気の小さい彼が行ったところで、ミイラ取りがミイラ、ハックルベリーと併せてアカシアにとっちめられるのがオチなのに。シューは思ったが、それを考えたのは思考回路のほんの片隅だ。
「統一性の有無、だろ」
シューはエーミィの質問に先ず解答した。
「やっぱり凄いわ、シュー、貴方とは友達になれそう」
周りにいる奴らは誰も友達じゃないのかよ、とシューは訊きたかったが、どうも口では負けそうな予感がしたから質問はゴクリと呑み下す。
それに今話すべきなのは、やっと現れた同一の思想者、それだけだ。
「『未確認飛行物体』はね、ちょっと期待したんだけど、皆言ってることがバラバラで正直つまらなかった」
シューが初等教育に上がってすぐの頃だから、もう数年前になるだろうか。
当時流行した『未確認物体』の噂は、
『青い光』、『ビューンと突き抜けて』、『瞬く緑の閃光が』、『蛇行する虹色の』、『ふわふわと』、『くるくると』、等々、証言がほぼバラバラで、おそらくその中には狂言もいくつか混じっていたに違いない。
錯覚を起こし見間違える愚か者、それにのっかる愚か者、鵜呑みで信じる愚か者、といったところだろうか。
しかし、件の『幽霊戦艦』はそれとは大きく違う部分があり、シューは噂が出始めた当初からずっと不思議に思っていた。
それが、統一性。
「同じこと言うんだもの、目撃した子みんな」
愉快そうに小さく笑うエーミィにつられて、シューもハハと笑った。
「おまえ、噂なんかに興味あったんだな」
「私ね、噂じゃなければいいな、と思ったの」
「は?」
「噂じゃなくて、本当に何かが起こっているなら面白いな、って考えたのよ」
「面白い、ねぇ」
「皆同じこと証言したのよ、『噂』じゃないわ――真実に限りなく近い」
全員が決まって同じことを証言した。
『オレンジ』、『筋を描く光の軌跡』、『点滅する赤いランプ』、『通過』、『そして消える』。
証言に極度の統一感が生まれる、それはつまり「信憑性がある」という事実ただ一点を指し示している。
そうだ、確かに真実に限りなく近い。しかし幼すぎて踊らされる性質の我ら子供は、そのことに気付き難い。
稲田の中で、アカシアとハックルベリーと、止めに入ったはずのカミュが泥をとばしながら暴れている。怒号と悲鳴がいつしか歓声に変わり、危惧されていたケンカは回避され、泥とたわむれる遊戯と化している。
こいつら全員謹慎決定だ。シューはそう確信し、堪えられずに笑ってしまった。
その後暫くの間噂は留まらず、新たな目撃例がでてもやはり、証言は前例の特徴から漏れることはなかった。
この噂こそ、実は全ての始まりであったのだがやはり誰も気付かず、噂は噂のまま、子供たちの夏は流れていくのだ。
しかも夏の終わり、『幽霊戦艦』が頭の中から消し飛ぶほどのビッグイベントが控えていた。
作品名:一万光年のボイジャー 作家名:くらたななうみ