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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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第一章 湾曲された噂







西暦12999年 8月某日

夏休みも中盤に差し掛かり、そろそろ宿題の残りと、メインイベントである自由研究が気に掛かり始めた頃。
『フロンティア』生まれ、『フロンティア』育ちの、子供たちの間は「あること」で持ちきりだった。

手付かずの宿題、朝寝坊、普段に増してうるさいお母さん、すぐ溶けてしまうアイスクリーム、加え、照っても減らないぎらぎらした太陽と抜けるような青い空。
それをひっくるめて夏休みという。
しかし宇宙を航海し続けている自分たちにはもちろん、天然の青空なんて与えられるはずもない。あるのはドーム状の擬似的な青い色彩と、上空に据えつけられた『人工太陽』だ。
恒星としての太陽のスペクトルに限界まで似せ、温度や入射角、果ては日照時間まで厳密に計算されて造られている。つまり一種のマシンであり、太陽と一応は称されているものの、似ても似つかないニセモノなのである。
規則正しく照っては消えるそれに照らされ、稲穂がさわさわと音を鳴らす。その様はさながら、学校の授業の一環として見せられたスライド「いなかのふうけい」のようであった。

本当の、恒星の太陽は、どんな感じなんだろう。
修一郎は思った。

「シュー、アンタ聞いていないでしょう」

呼ばれて修一郎、こと「シュー」は人工太陽に釘付けだった目線を下界に戻す。
眩しさにやられてしばし眼球が使い物にならない。

「酷いわシュー、私が必死で話しているのに!!」

丸い陽の残像である光の円盤が薄れるにつれ、ほんの鼻先に今度はブルーアイズの美しい輝きが映り込む。
ブルーアイズのその子が、修一郎を「シュー」と違ったイントネーションで呼ぶのには、母音の「ウ」を強く語尾に持ってくる習慣がない育ちだからだ。
ここ『フロンティア』では英語が共通語となっており、シューを「修一郎」とはっきり呼ぶものは誰もいなかった。そして、シューもそれで構わないと思っていた。

「本当に聞いてなかったのね、リトルボウイの、シュー」
「アカシア、俺、その呼び方いやだな」

そもそも一歳しか違わないじゃないか、とシューは仲間内のアメリカンマドンナ、青い瞳の美しい少女アカシアに小さな声で反論するが、彼女はその悪口を改めないであろうことももう分かっていた。

「話がそれるわ、口ごたえはおやめなさいよ、シュー」

ツンとそっぽを向いて、年上風を吹かせながらアカシアはシューを責めた。言動や行動がいちいちオーバーな女の子なので、何か喋るたびにゆるいウエーブがかかったブロンドヘアが揺れたり、空中に散って光る。
それが綺麗だと思いながら、キンキンと鼓膜を揺さぶる甲高い声に辟易するというこの矛盾。
厳密に湿度を調整された程良い風が、稲田を裂く土手道を撫でるようにすり抜けていく。日本伝統らしいその光景の中、アカシアのブロンドとブルーアイズはやけに浮いていた。

「ごめん」

結局、シューは謝った。
風は心地良い。しかしこの風もまた、空気の対流によって起こる自然現象としてのそれではなく、人工のものでしかない。送風ファンと湿度調整機、人工太陽だけではまかなえない温度調整、様々に入り組んだ機械の中から吐き出される人工風なのだ。
その証拠に自分達の間を抜けた風は、遥か向こうの循環ファンへ、密かに吸い取られていく。
まがい物の夏の中で、子供たちは納涼のアイスクリームを手に、噂話に花を咲かせているのだった。
まがい物の中で生まれ、まがい物の中で育った子供たち。

だから、自分たちにとって、『本物』という定義付けは非常に曖昧なのだが、シューは何故か最近、頻繁にそれを考えるようになった。



約一万年前、西暦2999年。
『フロンティア計画』は実行に移されたという。

おおよそ百余りの光子エンジン搭載、最新鋭の宇宙船は、大艦隊を組み、果て無き宇宙への航海を始める。
募られた精鋭、学者やエンジニア、各分野のプロフェッショナル、医者、メカニック、教育者、あらゆる分野の人材をNASA誇る技術と共に積み込み、世代交代を繰り返しながら宇宙の謎を解き明かす。永遠に終わらぬ航海だ。
その大艦隊の名前はあらかじめ決められていた。『フロンティア』である。
これはすなわち、『宇宙の開拓者』の意であり、そして現在、西暦12999年。

大艦隊『フロンティア』は一万年を費やし、地球から直線距離で一万光年の距離にいる。開拓はいつも順調とは言えないまでも、大きな成果を残してきた。
ただ気になるのは、ここ十数年間、地球との交信が途絶えてしまっていることだった。



「幽霊戦艦?」

シューは、ハックルベリーがたった今言った台詞から、単語の一つを選んで取り出し、復唱した。

噂の最前線であるハックルベリーは、多彩な表現を操り、彼の言葉が子供社会では一種のトレンドになることが多い。『幽霊戦艦』も、そのトレンドの一つになりそうだ。だからシューはあえてそれを復唱してみた。
そういえば夏が始まるかなり前から何人もの仲間が、暗い星雲の向こうを通過する人工的な光の軌跡を目撃し、ちょっとした騒ぎとなっていた。
やれUFOだ流星だなどと騒がれていたが、そうか、話はそういう方向に終着したのか。シューは思う。
しかも『幽霊戦艦』だなんて、響きがなんとも厳つくミステリアスである。
センスが良い。

「きっと、宇宙人が乗ってるのよ、そして私たちの動向をうかがってるんだわあ」

アカシアが両手の指を組みながらオーバーに怖がってみせる。

「ばかだなァおまえ、動向うかがってるなら通り過ぎるだけはおっかしいだろ」
「馬鹿ですって、この、チビ!!」

用水路の脇で、土手を見上げ喋っていたチビのハックルベリーは、アカシアが素早く突き出した蹴りを肩で受け、その軽さゆえに一瞬宙に浮いてから仰向けに飛ばされた。
水柱が上がり、収穫までまだ少しかかりそうな稲穂がなぎ倒される。これがばれたら誰かが謹慎を喰らうかも知れない。食糧は重要だ。

「だって俺さ、見たんだ……」

半分泥に埋まった身体を起こし、ハックルベリーは言った。

「本当なんだ」

ハックルベリーは噂の最前線ではないらしい。
横で怒っているアカシアは侮辱されるのがガマンできないたちで、ハックルベリーに飛び掛かって再び水の中へ沈めようときっと思っている。そう思ったからシューはとっさに彼女のスカートを掴んだ。
だがそれ以上に、頭の中では大事なことを考えていた。

今回に限って言えば、ハックルベリーは噂の最前線ではないらしい。
彼がいるのは最前線ではなく、もしや発端なのではないだろうか。

「病床の従弟に会いに行ったんだ、居住区06の『クライトン』まで……そのとき、移動船の中で見たんだ」

子供のうちは、めったなことが無ければ居住区間の移動はない。
現にシューも今いる、居住区09『マクスフォルン』から一歩たりともでたことは無かった。他の子供、例えばアカシアだって同じだ。
だから当時、ハックルベリーはやはり話題の最先端にいた。

「アンタが『クライトン』に行ったのって、去年の暮れじゃないの」
「そうだよ……」
「あの時幽霊戦艦どころか、UFOも、ナガレボシの噂だって無かったじゃない」