一万光年のボイジャー
「『エンジェリック・アイズ』、『アストロ・ボーイ』、『コミュ・サテライト』、『エターナル・キール』、『グランド・クロス』、それから……『アカシック・レコード』」
「……アカシック?そんな船、聞いたことないぞ」
「『ツーワーズクラフトシリーズ』集めてないと知らないわよ、ねえ?ハックルベリー」
じゃあおまえは集めてんのか、とシューは若干ひいたが、そうだ、ミステリアスな女も悪くない、と強引に思い込むことにする。
「うん、シューは知らねェよ、一万年前、地球を離れてすぐに爆発炎上した戦艦らしいからさ」
「……墜ちたのか」
でも、薄い青でとっても綺麗な機体なんだ、ここへ持ってくれば良かった。と、さっきまで大興奮していたハックルベリーは、ここへきて少し静かになった。
「そうね、アカシア自身なんて言ったか知らないけれど、アカシックがその船と同名だと分かったから、両親は付けなかったんじゃないかしら」
「カッコはイイけどな、アカシック」
「でも普通なら、大破した船の名前なんて、子供に付けられない」
まるで、普通じゃない例があるかのような言い方だ。エーミィのエメラルドの瞳が曇って、そして少し伏し目がちになる。
ああこれは、死んだ母親の話をしたときの、あの表情と同じだ。シューは思った。
ただ伏し目がちなその顔も、申し訳ないことにシューは好きだった。瞳の緑が濃くなって、一層綺麗だからだ。
「あたしは、あたしの名前の由来は、大破した昔の艦なんだ――永久欠番、居住区04」
「えっ、居住区04って、初めから無いんじゃないのかよ、不吉な4って……」
「愚かね、シュー、そんな迷信言うのは貴方たち日本人だけよ」
そういえば、アメリカンもフレンチも、不吉な数字は13として伝承しているのだった。4を不吉とするのは日本人だけ。
かといって13が居住区の欠番になるかと言えばそうでもなく、居住区13は現存しているという微妙な矛盾、腑に落ちない。
「二十年前に爆発した居住区04『エーミール』にね、ママと結婚する以前、パパの恋人だった女の人が乗ってたんだ」
無重力空間での大破は無条件に、散り散りのデブリになることを示している。
爆発の中心を境に破片は360度のベクトルへ拡散し、かき集めることは二度と叶わない。爆発の時に物体が受けたエネルギーは摩擦力も何も存在しない宇宙空間ではずっと失われず、ただ等速で遠ざかっていくばかりだからだ。皮と粉に一瞬で変貌した遺体さえ、もちろん同じだ。
だから死ぬと遺体は残らない。
「あたしの名前は、エーミィは、作れなかった墓標の代わりなの」
骨さえ全て、虚無の中に消えて無くなるのだ。
「それをママは許して、そして、パパと結婚したわ」
許したママは病気で死んで、パパも『ミカエル』と心中しちゃったけどね、とエーミィは笑った。誰かが、『ミカエル』の墓標になる日がくればいいのに、と今度は泣きそうで、それでも泣かない。
「名前が大天使ミカエルなんて、それもカッコイイなァ」
ハックルベリーはやはりロマンの塊だ、シューは思った。少しだけ和やかなムードが、悲しい話のあとなのに緩やかに漂う。この空気は彼の手柄だろう。さっきは一瞬同行させたことを後悔はしたが。
もしここにアカシアがいれば「無神経よ」と一喝したあと、蹴りの一発や二発がハックルベリーの急所にヒットするのだろうが、幸いそれもない。
もう一つ言及するならば、鼻も急所の一つである。泣きじゃくっている中で人体の急所に確実に一撃をぶち込んだアカシアは、末恐ろしい才能を秘めているのかもしれなかった。
「――ねえ、あれ」
しかし、そんな束の間の談笑も、エーミィのその言葉を境に終焉を迎える。
『オレンジ色の光の軌跡、そして点滅する赤いランプ』
このとき三人共が『幽霊戦艦』を、肉眼で目視した。
強化ガラス越しの闇の中を、一直線に横切っていくオレンジの光の軌跡は、どう見ても秒速1.5光年の速度で飛行してはいない。
きっと今までの目撃例も、『幽霊戦艦』の噂も、速度を落としているそのときに限って偶然に誰かが確認したことに端を発しているのだ。でないと肉眼で見える程の近さでは、秒速1.5光年は見分けられやしない。ハックルベリーが去年の暮れに見たという光も、このような状況だったのだろう。
シューがハックルベリーを見ると、彼はコクリと頷いた。
「あんなに遅く、飛んでいる」
エーミィは言った。シューとエーミィにとってそれは、劇的な違い、だった。
つまり毎日観測していた規則正しいオレンジの光と、今目の前に現れたオレンジの光は、おそらく双方とも飛行の目的が違うのだ。
それは、一体何を意味しているのだろう。
作品名:一万光年のボイジャー 作家名:くらたななうみ