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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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第五章 墓標







西暦12999年 9月

新学期が始まっても、エーミィはあれから毎日、規則正しく通過する『幽霊戦艦』を観測し続けていた。

「シュー、あたし、気付いちゃった」

望遠鏡の元からエーミィが離れようとしなかったので、シューはこうやって一日天涯孤独になってしまった彼女と一緒にいて、時折パンや果物を差し入れる。
部屋の隅っこでは、ハックルベリーが丸くなって泣いている。泣いている彼の横にも、シューはリンゴをひとつ置いてやった。
居住区02『コーネリア』へ移住したい、と両親に直談判したもののあっさりと却下されたため、今や彼は立派な家出少年なのだった。

「速すぎるんだわ」

エーミィは言った。
アカシアの目の周りは連絡船に乗り込む寸前まで真っ赤なままだったし、アカシアの姿が見えなくなるなり泣き始めたハックルベリーのまぶたは、たちまちのうちに腫れ上がってしまった。しかしエーミィは一粒の涙も零さなかった。

「あの光、速すぎる」

エーミィの指がカシャカシャとシャッターボタンを押す。接眼レンズに据えつけた簡易カメラからは、その度にはらはらと印画紙が舞った。
その中の一枚をシューは手にとって眺める。次第に薄い星雲と、そしてその中心にオレンジ色の光が現れた。

「たわんで見えないな……」
「そうよ、だって、秒速何万光年って速さで飛んでいるんだもの」
「――まさか!!」

ありえないだろ、とシューはつぶやいた。この世の中に光の速さを超えられる粒子なんて、存在しない。つまり、全てのものは光より早く移動することなんてできない。
しかし手元の写真上に捉えられているのはどれも、たわんだ光の軌跡、なのである。

「考えてもみてよ、シュー、あたしたち、なんで何日もあれを見てて気付かなかったのかしら」

エーミィの見解はこうだ。
光学望遠鏡の視界いっぱいに『いて座M22』の球状星団は映った。そして、それを取り巻く星雲の遥か向こうの宇宙を、『幽霊戦艦』は通過していった。
望遠鏡の視界の中を光が、通過、したのだ。
球状星団の直径は110光年以上。
そして後に計測して分かったことだが、『幽霊戦艦』は望遠鏡の視界領域を約1分間、つまり60秒程度で通過する。

「少なく見積もっても、秒速、1.5光年は下らない――?」
「正解よ、凄いわ、シュー」

自分で計算しておいて、シューはその天文学的駆動力を持つ未知の敵が少し怖くなった。
しかし、時は来たれり。

「あたしたちやっぱり、『エンジェリック・アイズ』に行かなきゃ」

改めて強い眼光を取り戻したエーミィの前に、シューはポケットに手を突っ込んで、床の上にバラバラと小さな機械のようなものをまいた。
小さなチップに、針金のような何かが接続されている。何なのか分からないという風に、エーミィはそのうちの一つをつまみあげた。

「これで、『エンジェリック・アイズ』に入り込める」
「シュー」
「父さんのICカードを偽造した、あいにくICチップと、機械と交信するアンテナ部分しか造れなかったけど」
「シュー、やっぱり貴方凄いわ」

これがばれたら謹慎では済まないことも分かっている。そして、自分だけでなく家族全員に迷惑が掛かることも、もちろん分かっていた。しかし父親が自分の話を聞かなかったあの瞬間から、シューは心の片隅で、それを最後の手段として頭の隅に留めていた。
戦艦『ミカエル』が喰われ、それでも『フロンティア』内にそれ以上の情報開示が行われない今、その手段を使えないような臆病者ではいたくない。
小さなパーツを壊さないように細心の注意を払い、エーミィは掌の中へ偽造ICカードを納める。そして隣にあるシューが積み上げていた食べ物の山からパンを一つ取ると、まるでライオンが馬を食べるときのようにガブリと噛み付いた。
別にシューが趣味で山を作ったわけでは決してない、彼女が食べないから仕方なしに、今まで積み上げていたまでだ。

「食べ終わるまで待った方がいい?」
「おなか空いてたら、満足に戦えないもの!!」
「そう思うなら、とっとと飯くらい食ってくれてりゃ良かったのに……」

シューは自分の分の偽造ICカードを拾い上げ、ポケットに再び収める。しかし床の上にはまだ一つ、カードが残っていた。

「おまえもな、ハックルベリー」

うずくまったまま動こうとしないハックルベリーに、シューは言った。

「トップシークレットを知ってるおまえ、連れていくか、閉じ込めるかだ、選べよ」
「……俺、おまえらの話、聞いててもさァ、なんのことか分かんなかった、よ」
「肉眼で、『幽霊戦艦』見たんだろ」
「うん」
「おまえが『幽霊船艦』の噂の発端なんだよな?」
「そうなのかな、うん」

偽造ICカードの残りの一つをシューは拾い、起き上がりかけていたハックルベリーに投げて寄越した。
これでハックルベリーが受けとめなかったら、このまま家をロックして『エンジェリック・アイズ』へ行こう。シューは瞬時にそう決め、眼光を絞ってカードの描く放物線の行く末を見ていた。



最新鋭リアルタイムレーダー搭載の、いわば『フロンティア』の目である『エンジェリック・アイズ』は、その役割を果たすべく、常に『フロンティア』の前衛に常駐していた。今や行方不明となってしまった攻撃戦艦『ミカエル』の、逆位置にいるわけである。
そこへ行くには、メカニック専用の連絡船に紛れ込むしかない。その為に必要な偽造ICカードだったわけだ。

「『エンジェリック・アイズ』ってね、シューと同じ、日本人が作ったんだって」
「ふうん、なんか聞いたことあるな」

確か、『エンジェリック・アイズ』の他に、『アストロ・ボーイ』も同じ日本人が設計製作した、とシューは誰だかに聞いた知識を掘り起こした。

「『エンジェリック・アイズ』の日本名は『無垢なる双眸』って付けられてて、でもね、それを英訳しても『ボース・イノセント・アイズ』にしかならないの」
「じゃあさエーミィ、攻撃戦艦『アストロ・ボーイ』にも日本名があるのか?」
「『鉄腕アトム』、だろッ!!俺知ってるゼ!!」

潜まねばならない身であるのに彼が大声を張り上げたので、シューはその口を塞いで黙らせ、積み荷の山に押し込めなければならなかった。

「正解よ、ハックルベリー、貴方偉いわ」

ここで大声を抑えられるだけ、もう幾ばくかだけ利口だったらもっと良かったのに、とシューは思った。

「ツー・ワーズ・クラフト、二つの単語から成る名称が付いた艦、だ。俺さ、『ツーワーズクラフトシリーズ』のプラモ集めてんだァ」

さっきまで部屋の隅で死んだようになっていた少年とは思えない。シューは間の抜けた笑顔を覗かせるハックルベリーが、またいつ大声をあげないかひやひやしながら、深いため息をつく。
今三人が居るのはまさに、『エンジェリック・アイズ』へ向かう連絡船の中なのである。人が少ない明け方頃にうまく紛れ込んだ自分たちは、現在積み荷に紛れて潜んでいるのであって、積み荷になりきらねばならない、大声など持っての他なのだ。
うるさいハックルベリーを連れてきてしまったことを、早くも後悔した瞬間だった。