レジで前に並んでる奴のTシャツの背中のロゴでした
見ているこちらが恥ずかしくなるような真情の吐露は相変わらずだ。
ここではまだ、『死にたい』等の鬱ツイート、いや、鬱クダマキはしていないようだ。アイコンを変えるとつぶやく内容に変化が起こるということは、Twitter上でも見たことがある。たしかに画面のこちらへ力強い視線を送ってくる彼女のアイコンと、かつてのネガティブツイートはミスマッチだ。
そのアイコンを眺めつつ、オレは少し複雑な気分だった。Twitterでの壺アイコンに“彼女はどういう顔をしているんだろう”と何度か夢想したことがあった。一度は空中リプライのような形で、一四〇字小説にしたこともある。
『#twnovel ツイッターで仲良くなった女と話した。「今日逢いましょう」女ははにかんだ表情でリプライしてきた。「でもお互い顔も分からないですね」「そうだな」「ではお互いの顔写真をアイコンで見せ合いましょう」「僕は秘密にしておく。だが君の顔は見たい」「はい!」彼女は嬉しそうに言った。』
その小説に対する彼女からの反応は無かったが、こうしてTwissterに登録したことで、その想いがあっけなく叶ってしまった訳だ。彼女が素顔を晒すその最初のきっかけは自分でありたかったというのが正直な気持ちではあるが、オレは細かい経緯など気にしない性分だ。そもそも往々にして、自分の願いというものはあっけなく叶ってしまうものだ。これまでの自分の人生もそうだった。高校受験も就職活動も特に頑張った記憶はないが、なんとなく希望した高校に合格し、希望した会社に入社した。そして、今はその仕事も辞めてなんとなく作家を目指しているが、同じようになんとなくプロの作家になってしまうのだろう。そんな気がする。
『もっとわたしを見てほしい あなたはわたしを忘れてしまったのですか?』
心臓がとくん、と鳴った。
━━オレを待っているのだ、とすぐに分かった。
それは、Twisster上にいるかどうかも定かではないオレに対する悲しい空中リプライだった。彼女の魂の叫びだった、
オレはこれ以上無駄な抵抗感が育つ前に、さっさと彼女のプロフィール画面を開き、「からむ」ボタンをクリックした。
こうして、このTwisster上にjailedmonkというアカウントが誕生した。
『カラミ数:1/カラマレ数:0』
アイコンはデフォルト状態のままにしておいた。Twitterの頃もデフォルトの卵アイコンだったが、ここでは小さな蛇のマークがデフォルトのデザインになっていた。
プロフィールにはこう書いた。
『Twitterにて連載中の「Rage Against The Machine」(同じくjailedmonk名義)は此処へ移行致しました。物語は佳境に入って居る故、一見様からすれば少なからぬ混乱を招く事も御座いましょう。第一話から購読希望の方が居られましたら、どうぞ御気軽に絡んで下さいますれば……』
プロフィールを書く数分間で、十人からのフォロー、ではなく、カラミがあった。さすが新規のSNSだけはある。クラス替えしたばかりの教室のようなものだ。張り詰める緊張感をかき消すように、皆一様に進んで周りと打ち解けようとする空気に似ている。
こうして、jailedmonkのステータスは早々に変貌を遂げた。
『カラミ数:11/カラマレ数:10』
Twissterの画面を閉じ、流れ作業のごとく、次はTwitterを開く。
おそらく初めて、小説や空中リプライ以外の書き込みをした。ようするに、“つぶやき”だ。
タイムラインの連中とは付き合いらしい付き合いも無かったが、Twissterとリンクさせる最後の挨拶は念のためしておいたほうがいいと思ったからだ。
“vdX355lLp”というのが、今日のオレのIDらしい。もしかすると、これが最後のIDとなるのだろう。
こんな匿名化してしまった場所では、本来は別れの挨拶など無意味な筈だが、オレの場合はどうしても必要なのだ。
『読者の皆皆様。元jailedmonkです。誠に勝手では御在ますが、現在連載中のRATMは、都合によりTwissterへ移行する運びと相成りました。そちらでもjailedmonk名義で執筆を続けて参りますので、何卒宜しくお願い申し上げます。』
『@vdX355lLp や、別に誰も読んでねえからw』
『@vdX355lLp まだやってたんだ(笑)』
『@vdX355lLp 西口さんの四天王萌えwww』
『@vdX355lLp 初志貫徹。読んでませんが向こうでも頑張ってくだされ』
『@vdX355lLp 正直ウザかったです。向こうではハッシュタグ付けて連投とかやめたほうがいいですよ』
一気に四つも(一つはおそらく間違いだろうから)リプライをもらったのは初めてだったが、どれも悪意をまとっていた。
ただの気まぐれな悪意だ。
匿名システムの最大のデメリットともいえる。匿名だから問題ないだろうと、こういうくだらないことをしてくる奴らもいることは想定内ではあったが。
何とも哀しい連中だ。こういう輩は自分の醜い嫉妬心を自覚できない。
オレはわざと口元を歪ませ、鼻で大きくため息をついて、Twitterの画面を閉じた。もう二度と来ることはないだろう。
Twissterを始めて一週間が過ぎた。
オレはjailedmonkとして、「クダマキ」もリプライもせず、ひたすら小説だけを書き続けていた。
Twitter時と同様、こちらからカラミをすることはなかったが、カラマレ数は順調に増え続けた。
数えていた訳ではないが、この一週間で二十人ほどからのカラマレがあった。からまれるたびに相手のプロフィールをチェックしたが、ちょうど自分と時を同じくしてTwitterから移行してきた者が殆どだった。
また、彼らのクダマキのほとんどに『#TwisstMeJP』というハッシュタグが付いていた。おそらくTwitterでいうところの『#followMeJp』等と同じものだろう。Twitterの頃は何も考えずにリフォローしていたが、これからは相手をよく確認してからカラミを返すか否かを判断することに決めていた。万が一ここも匿名システムに変わったとき、また無責任な悪意を振り撒くような馬鹿が現れても困る。
からまれたまま放置しておくと、数日後に「ほどかれる(Twitterで云うところの“アンフォローされる”)」こともあった。そういった連中の中で、現時点まで残っているのは十人程度だった。
『RATM』は連載休止という形をとった。やはり、二つのSNSを跨いでの連載というのは無理があったし、新しい大作の構想を練りつつ、しばらくは初心に帰ったつもりで、一話完結の小説を書こうと思ったからだ。プロフィールもその様に書き直した。
作品名:レジで前に並んでる奴のTシャツの背中のロゴでした 作家名:しもん