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レジで前に並んでる奴のTシャツの背中のロゴでした

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 ドアの向こうでガシャガシャと食器を置く音が聞こえた。そろそろ夕飯の時間だ。

 母親の気配が無くなったことを確認してから、オレはドアを開け、夕飯の盆を部屋に運んだ。長方形の盆の奥に肉じゃがともやし炒め。手前の茶碗にはご飯大盛り。その隣には味噌汁と、麦茶がなみなみと注がれたグラス。
 このスタイルの食事はわりと気に入っている。小学生の頃の給食を思い出す。いや、というよりも、刑務所のスタイルに近いかもしれない。刑務所での食事スタイルもこういう感じだったと記憶している。いつかテレビのドキュメント番組で観た記憶がある。刑務所のスタイル……なんとなく、その表現のほうがしっくりくる。この部屋自体が監獄みたいなものだから。外出は基本的に家族が寝静まった深夜帯に限られるし、行先もせいぜい近所のコンビニ程度だ。それでも、この生活に不満を感じることはなかった。オレが物書きとして生計を立てられるようになるまでは、この“無期懲役”も甘んじて受け容れるべきだと考えている。

 ━━やはり、彼女はすでに新規のSNSのほうに移ったのかもしれない。

 口の中にこびりついたじゃがいもを麦茶で流し込みながら、ふと思いついた。

 Twisster、だったな。

 オレは食べ終えた食器を盆に重ね、ドアの向こうに母親の気配がないことを確認してから、そっとドアを開けた。向かいに兄の部屋のドアを挟み、右手に階下へつながる階段があるだけのそのスペースに盆を置いた。兄は二年前に結婚を機に家を出たため、彼の部屋はただの物置と化している。だから、二階はオレの城といっていい。
 ……いや、刑務所か。
 そして階下は母親の城だ。父親はずいぶん前に家を出て行った。毎月生活費だけは送ってくるらしく、少なくとも死んではいない筈だ。細かい理由は知らないが、どうせ愛人とでも暮らしているのだろう。細かい経緯は分からない。母親とももう何年も口を利いていないからだ。もしかしたら、そちらが正妻で、母親のほうが愛人だったのかもしれない。まぁどちらでもいい。

 部屋に戻り、PCの検索画面に『Twisster』と入力して検索ボタンを押した。
 検索結果のトップにあったTwissterのサイトが開くと、ログインを促す画面が表示された。水色のヘビがどうやらこのSNSのイメージキャラクターのようだ。
 手早くサインアップ作業を済ませる。当然だが、名前はjailedmonkのままだ。モモがTwissterに鞍替えしていた場合を考慮した。いくら彼女といえど、名前を変えてしまったらオレに気付きにくいだろうし。

 昨日ネットで調べてみたが、『jailedmonk』という単語は存在しない。『jailed』は刑務所、『monk』は僧侶、らしい。意訳すれば、『囚われの僧侶』といった意味になるのだろうが、それを発見した直後はさすがのオレも軽く鳥肌が立った。まさに、現在の自分の境遇と、そのワードが完全に一致したからだ。もう一度モモのほうから名前の由来を訊いてきたら、今度はしっかりと答えてやろう。今のオレを最も的確に表す言葉、それは『囚われの僧侶』だ。

 『ツイッスターへようこそ!』という登録完了メッセージが表示された。
 ほんの少しだけ期待していたTwitterからのログの引き継ぎは、やはり叶わなかった。

 画面上のあらゆる部分がTwitterに酷似していた。
 プロフィール欄のレイアウトも、Twitterとほとんど変わらない。
 クダマキ数、からみ数、からまれ数、マングース数、カエル数、とある。
 おそらく、ツイート数、フォロー数、フォロワー数に当たるのだろう。マングース数はお気に入り数、カエル数とはおそらくお気に入られ数のことだろう。
 タイムライン(ここでは“ジャノミチ”と呼ばれている)には「みんなもっとマングースしようよ」と呼びかけている人もいる。
 「20カエルいただきました。本日のノルマ終了です(笑)」
 こんな鬱陶しいつぶやき、いや、クダマキは、ここでも健在のようだ。

 “クダマキ”はTwitterと同じ一四〇文字までだが、ハッシュタグやURLや画像のリンクはフッター扱いとなった。
 呼称が変わったことで、ジャノミチ上にネガティブな言葉が多いように感じるのは気のせいだろうか。

 さて、まず最初にやるべきことをやる。

 jailedmonkのホーム画面から、ユーザー検索画面を開く。“momo_chang_1221”と入力してみる。

 いきなりだが、オレにとって重要な局面に迎えた。
 ここでもし、検索結果に何もヒットしなかった場合、オレは登録後早々にこのIDを放置することになる。正直にいえば、新しいSNSなど始めたくはないのだ。せっかく使い方にも慣れてきたTwitterを捨てて、またここで初心者として右往左往などしたくはないのだ。もし彼女が現時点でここにいないとすれば、引き続きTwitterで『RATM』を連載しながら待つ。冷たい表現だが、オレの読者は彼女だけではないので。Twissterのほうは定期的に監視せざるを得なくなるだろうが。

 ━━いた。

 かつてと同じID、同じモモというユーザー名、プロフィールの文章の最後は『鬱ツイート多めですのでカラミは慎重に』という言葉で締められている。これは間違いなく、モモ本人だ。
 だが、アイコンはかつての民俗的なデザインの壺画像ではなかった。そこには自分撮りした画像がはめこまれていた。
 といっても、顔の上半分だけである。おそらく自分の顔をネットに晒すことで実社会へのリスクがあることを懸念しているのだろう。
 眉の上で揃えられた前髪は、いつか見た横顔の写真と同じタイプの茶色だった。眉毛ももちろん同じ色に染められている。カメラ目線でこちらを睨むような目つきには意志の強さも感じ、また、おどけた表情も窺わせる。眼と眼の間を通る鼻すじは画像の下のほうで途絶えてしまっているが、おそらく美形であることは容易に想像できる。
 そして、その表情からは『死にたい』とつぶやいていた彼女を到底想起できない。

 オレは反射的に『カラミ』ボタンを押そうとしたが、直前で思いとどまった。
 オレは物書き、彼女は一ファン、オレのほうからからむのはどう考えてもおかしいからだ。

 彼女のプロフィールにはこうあった。
 『Twisster始めました Twitterでフォローしていた方は見つけ次第フォローさせていただきます……』

 『カラミ数:45/カラマレ数:441』
 Twitterの頃を比べて、フォローする相手の数は少し増えた程度だが、フォローされている数は格段に増えている。アイコンを実写に変えた影響からだろうか。

 クダマキのログをチェックする。
 クダマキ数は五十三。始めてから十日経っているようだが、Twitterの頃に比べてあまり利用していないようだ。

 『匿名は嫌い 今日のわたしのつぶやきも 明日はきっと誰かのつぶやきになってしまうから』
 『寒い 体が冷えるとさみしくなるのは何故だろう 女は体を冷やしちゃいけないとお母さんからよく言われてたけど関係あるのかしら』
 『夕焼けが綺麗であなたのことずっと思い出してた』