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レジで前に並んでる奴のTシャツの背中のロゴでした

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 そんなやり取りがあった以降は、オレもモモのつぶやきを読むようになった。
 彼女のつぶやきは主に、日常の瑣末な記録だった。外出先での愚痴やらテレビの話など。

 『今日はこんな可愛いイヤリングを見つけた 思わず買ってしまった(笑)』

 彼女の、そういったつぶやきに添付される画像のURLリンクをオレは必ず踏んだ。耳たぶの飾り物にフォーカスされた写真ではあるが、さり気なく彼女の横顔を確認できるからだ。茶色く染めたストレートの髪、画像の端に映り込んだ細めの眉毛も茶色く染めているようだ。頬がややふっくらしているように見える。肌が必要以上に白く光って見えるのはカメラのフラッシュのせいかもしれない。

 彼女のTwitter上のアイコンは、何やらよく分からない民俗的なデザインの壺の画像だった。こちらの写真をアイコンにしたほうが良いのではないか、と思った。もちろん、思うだけだ。それをリプライ等で指摘することはない。オレは物書き、彼女は一ファン、オレのほうから話しかけるのはどう考えてもおかしいからだ。

 また、真情を吐露するようなつぶやきも多い。『さびしい』だの『泣きたい』だのそういった類い。タイムラインで見かけた誰かのつぶやきによれば、女性ユーザーにはそういうタイプが多いらしい。

 そして、これは時々ではあるが、妙にネガティブなつぶやきを連発する日もあった。
 『わたしなんかこのまま消えてなくなってしまえばいい』
 『どうして今日も生きているんだろう わたしって』
 『死にたいです フォロワーのみなさん TLを汚してしまってごめんなさい でも本当にわたし 真剣に死にたいんです』

 彼女のプロフィール欄にはたしかに『鬱ツイート多めですのでフォローは慎重に』と記載されていたが、こういった何か発作的なつぶやきが、誰かからの慰めリプライを彼女自身が引用リツイートするまで、延々とオレのタイムラインを支配していくのだ。

 『ありがとう。。。ahosexさんのやさしさに感動して泣いてしまいました。。。 RT @ahosex: @momo_chang_1221 モモさん、辛いんだよね。でも、俺はモモさんに生きててもらいたいんだ!』

 時々、誰からのリプライも無いからなのだろう、そういったネガティブツイートが二時間以上続くこともあった。そんなときは、オレが反応してやるほかない。だが、オレは物書き、彼女は一ファン、オレのほうから話しかけるのはどう考えてもおかしい。だから、彼女を励ますための一四〇字小説を特別に書き下ろしてやることにしている。

 『#twnovel 自殺したいと云う女があった。「馬鹿野郎!」僕は女を思い切り殴り飛ばした。「死んだら君の人生は終わりだろ! 死にたいなんて言う奴は、弱い奴が言うことだ!」彼女は涙を拭きながら言った。「ごめんね……私、もう少し生きてみる!」「俺はお前に生きてほしい!」俺も涙を拭う。』

 そういった作品を十分足らずで書き上げ、さりげなくタイムラインに放流してやる。オレからのメッセージ。そうすると、彼女のネガティブツイート連発もやがて収まる。それに対する彼女からの感謝のリプライは無いのだが、安心して眠りについたであろうモモの寝顔を想像して、オレもほっと息をつく。

 そういったオレとモモのささやかな交遊関係は、彼女と相互フォローの関係になってからこれまでに何度かあった。
 彼女からのDMは最初の一度だけで、その後は空中リプライによる会話がメインとなった。彼女のタイムラインをチェックすると、あまり自分から積極的に声をかけることはないようだ。オレにDMを送ってきたときはさぞかし緊張したのだろうことを思うと、彼女が少し愛おしく思えるようにもなった。
 『わたしを元気づけてくれる言葉たち そんな言葉をくれるあなたに感謝します』
 『あの人も頑張っているのだから わたしも頑張る』
 『わたしはいつもタイムラインで恋をしています』

 そういった一見誰に宛てた訳でもないように見えるモモの独り言に対して、確実に届いているよ、とリプライしたくなる衝動をいつも抑えている。オレは物書き、彼女は一ファン、オレのほうから話しかけるのはおかしいから。

 Twitterの匿名化が発表されてからオレがずっと気になっていたのは、モモがそれに対してどういうスタンスをとるのか、ということだ。オレと同様そんなことはまったく意に介さずにTwitterを続けるのか。それとも、新しいSNSのほうへ移行するのか。

 匿名システムでは彼女を満たすことなどできないのではないか、とも思う。そこで『死にたい』とつぶやいて『生きろ』と声をかけてくれる人は、モモを励ましている訳ではなく「誰か」を励ましているだけだ。それは彼女の望むところではない気がする。

 ……そんなに気になるのならば、匿名化される前までにモモ本人に直接訊いてみればよかった?

 それはあり得ない。オレは物書き、彼女は一ファン、オレのほうから話しかけるのはどう考えてもおかしいだろう。







 Twitterの匿名化開始から三日が過ぎた。
 タイムライン上のモモの所在は未だに掴めていない。

 当然だが、オレのフォロワーリストからはモモという名前も、momo_chang_1221というIDも、民俗的デザインの壺アイコンも、『鬱ツイート云々……』のプロフィールも全て消え失せている。無機質に並ぶ卵アイコンとでたらめな英数字の羅列だけが十七人分、そこにある。間違いなく、この中の誰かがモモの筈なのだが。
 オレのタイムライン上の半数は女性ユーザーであり、そのつぶやき内容からは、誰がモモなのかを特定するのはわりと困難だった。彼女を一発で特定できる手掛かりは、彼女のネガティブツイートなのだが、この三日間は全く見かけない。彼女には申し訳ないが、できれば早々に『死にたい』等の言葉をつぶやいてほしいと思っている。

 オレのほうは、相変わらず『RATM』の連載を続けている。彼女のほうからは、オレを容易に特定できる筈だが、一向に連絡がこない。ここ数日は、Twitter自体にログインしていないのかもしれない。

 タイムラインから、2ちゃんねるに「Twitter難民板」が設けられたことを知った。「ID晒しスレ」というスレッドが盛り上がっているらしい。早速覗いてみると、こんなテンプレートが用意されていた。

 『今日のID:
 元ID:
 名前:
 プロフィール:』

 キーボードの「Ctrl」と「F」を押して、スレッド内をキーワード検索したが、目当ての書き込みは見つからなかった。

 『こんな人を探しています
 今日のID:
 元ID:momo_chang_1221
 名前:モモ
 プロフィール:鬱ツイート云々……』

 そう書きかけたが、送信ボタンを押す前に全文削除した。



 何をしているのだ、オレは。



 『馴れ合いうぜえから全員死ね』
 そう書き直して送信ボタンを押した。
 スレッドを上から見直すと、同じ主旨の書き込みを十個ほど見つけた。



 コンコンコン、とドアを三回ノックするいつもの音がして、オレはマウスのホイールをもてあそぶ人差し指を止めた。