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レジで前に並んでる奴のTシャツの背中のロゴでした

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 『@mooooonlight ご存じだったんですね たしかにあの人 ツイッターの頃から小説みたいなの書いてたから』

 『@momo_chang_1221 そうなんですか?』

 『@mooooonlight 覚えてませんか? RATMだとかいう連載小説 悪いけど一度も読んだことないけど(笑)』

 『@momo_chang_1221 はいはい。ありましたね、そんなのも。あの人だったんだ』

 『@mooooonlight わたしのTL占領されちゃうから ほかの場所でやってくださいって頼んだのに 『まとめるので楽しみに待っててください』とか返してきて・・・それからですね あの人がストーカーっぽくなったのは」

 『@momo_chang_1221 うーん・・・彼はそんなタイプに見えないけどなぁ。』

 『@mooooonlight 彼に変な勘違いさせてしまったのは わたしの責任かもしれないですけど』

 『@momo_chang_1221 直接何かされた訳じゃないですよね? あまりやり取りしたことはないけど、彼は人格的には特に問題無いと思いますけど。あと、小説の才能も特に無いと思いますけど(笑)』

 『@mooooonlight そうですよね(笑) ちょっと読んでみたけど全体的に意味が分からないです 文章のてにをはもおかしかったり。国語の授業からやり直さないといけないレベルかも・・・』



 ……



 ……馬鹿か。



 こいつら、何ネットでマジになってんだ?

 ネットでマジな小説書いてどうするの? 一銭にもならないだろ。そんな才能あったら、とっくに雑誌社とかに応募してるよ。ネットで慣れ合って自己陶酔したいだけなくせに、何他人を見下してるんだ?

 ネットで『死にたい』とか馬鹿じゃないの? ただのかまってちゃんの分際でよ。本当に辛いならいちいち他人から慰められてお礼とか言ってんじゃねえよ。
こんな糞みたいな自意識過剰女と、オレの母親を一瞬でも同一人物だと思ったオレもたしかに馬鹿だよ。

 オレは心底呆れ果てて、ため息をつきながらその画面を閉じた。

 ついさっき書いていたこのおめでたい自己憐憫女へのリプライを思い出す。

 『@momo_chang_1221 一言で申せば「囚われの僧侶」とでも云えるでしょう・・・我々は皆自由で在って自由で無い。誰もが囚われの身なのです。「囚われの戦士」や「囚われの職人」もいるでせう。貴女はさしづめ「囚われの姫」かもしれません。そして、小生は僧侶・・・それだけの話です。』

 ……こんなものジョークだ。ジョークに決まってんだろ。いちいち本音なんか晒す訳ないだろうが、馬鹿。こいつらはそれも分からずに、何か分かったような顔してうんうん頷くんだろうな。笑える。

 馬鹿か。

 本当の由来を教えてほしいか? ごく単純な話さ━━

 オレは指をぱきぱきと鳴らしてからキーボードに向かう。
 画面を睨みつける。
 momo_chang_1221という糞忌々しい女のホーム画面だ。

 『死にたいです(笑) ああもうわたしなんて生きてる価値なんて無い無い(笑) このまま消えてなくなりたいでーす!』

 『どうしたんですか? このくだまきを見てる皆さん、わたし、死にたいって言ってるんですよ? もっとちゃんと心配してくださいよ! やさしい言葉をかけてくださいよ』

 『黙って見守る、とかそういうのいらねえからさ。そういうお前たちの自己満足とかマジでどうでもいいから。お前たちはただ、わたしが死にたいってクダマキしたら、わたしを慰める言葉をしっかり考えてリプライ送ってくれればいいんですよ』

 『わたしはぶっちゃけ、別に死にたくはねーんですよ。そんなに不幸でもねーし。そんなに悩んでるならネットなんてやってねーよ。ヒマだからやってるだけだよ』

 『だからお前たちは、わたしの承認欲求を満たせばそれでいいんだよ。それも満足にできない奴はなんの価値もねえよ』

 『お前たちもわたしを“死ぬな”とか“生きろ”とか励ますことで、気持ちよくなってんだろ? お互い様じゃねえか』

 『ネット上の人格なんてほとんどの奴が架空の人物像作り出してるだけだし、こんなやり取りも単なる茶番なんだからよ。中途半端に現実感を持ちこんでじゃねーっつーの』

 『もういいや。お前たちは全員死ね 地獄の業火に焼かれろ』

 『お前たちが』━━

 ━━指先が痛い。

 四本の指の爪先から血が滲んでいる。

 気がつくと、キーボードが血まみれになっていた。

 オレは席を立ちあがり、携帯電話を手に取って部屋を出た。

 指先にタオルを巻いて、携帯電話を開く。通話履歴を見る。おばちゃんの電話番号はまだ残っている筈だ。

 “住み込みで働ける話はまだ生きているか 生きていれば ぜひ受けたいと思う”

 そう告げるつもりだ。







 「本当にママを殴ったの?」

 娘が向かいのソファで腕組みしながら、心底軽蔑するような表情で睨みつけてくる。
 彼女は明日でちょうど十歳になる。足を組み替える仕草にせいいっぱいの背伸びが見え隠れしている。

 「その時はね、ママのほうが悪かったからよ」

 妻がキッチンから口を挟む。
 ようやく洗いものを終えた手を拭きながら、首だけこちらに向けている。

 そのまま妻が続きを話し始めるよう、無言で促す。

 「ママはね、その時、ビルの屋上から飛び降りようとしてたの」
 「うそ! そんなの初耳だけど」
 「嘘じゃないわ。だって、わざわざ自分から話すようなことではないでしょう?」
 「そんなことしたらダメだよ! 死んじゃったらおしまいでしょ。自殺なんて弱い人がするものでしょ」
 「フフ、そうかもしれないわね」

 テーブルには、娘のノートが広げたまま放置されている。気付かれないよう視線だけ動かして覗いてみると、“好き”だの“恋”だのといったフレーズが踊っている。恋愛小説でも書いているのだろうか。
 妻もリビングへやってきて、娘の隣に腰かけた。

 「パパはママを殴った後にね、“死ぬぐらいだったら全てを捨てて逃げてみせろ”って言ったの。財産もプライドも過去の思い出も約束された将来も全部捨てて」

 「それで、パパと結婚したの?」

 「そうね。そのときはわたしたちまだトーキョーにいて、そこでもいろいろなことがあったわ。パパはご親戚の工場に勤めていて、ママは家出少女といったところね。そこの叔母さんともソリが合わなくて、結局逃げたりしたんだけど」

 その頃はすでに“少女”という歳ではなかっただろう、という想いは心の中だけに留めた。
 娘は真剣な目つきで、妻の話を黙って聞いている。

 「パパはね、そんなにハンサムではなかったけど、とても強い人だったのよ。ママはそういうところに惹かれて、パパといっしょになったの」
 「嫌なことがあったら、すぐ逃げ出すんでしょ。そんなの全然強くないよ。かっこ悪いじゃない」
 「フフ、そうかもしれないわね」

 妻は一旦こちらを伺うように見つめてから、言葉を慎重に選びながらつなぐ。
 妻は自分の話だけでなく、夫のオレの昔話も娘に聴かせる。