第九回東山文学賞最終選考会(4)
「いや、」俺も箸を動かす。「いいや。自分で持っていくよ。」肉は少し冷めていて、焼いてすぐのあのおいしそうな感じは無くなってしまったけれども、それでもまだその跡があの頃の匂いを運んできてくれてそれを思い出しながらおいしく味わう事が出来る。
「実はね、岬助教授、知り合いなんだ。」
言うと、顔をあげて咲を見た。咲は変わらずに肉を見ながら箸を動かしている。俺達はいつも肉は焼いた後に切り分けてから皿に盛っていた。俺は縦に、咲は縦と横に包丁を入れる。だから、咲の皿の肉は既にサイの目に切り分けられていて、箸を動かしてする事とすれば滲み出た肉汁にキャベツを浸したり、肉をまた浸し直したりするぐらいだった。俺は続けた。
「中学生、高校生と家庭教師してくれてたんだ。」
そこで、咲は箸で肉をつまんで口に放り入れて、その箸の先を咥えた状態のまま、止まった。あきらかに驚いています、といった感じで目を見開いて俺を直視してくる。
「俺、親父は小学生の頃に死んじゃったじゃん?お袋もあんま家居なかったし、家庭教師というか、家政婦っぽい事もしてくれてて。もちろん、メインは家庭教師だよ?実際、岬さんが見てくれなかったらここまで学力上がったかわかんないしね。」
咲が再び動き出して、次の肉をつまみながら答えてくれた。
「そか、そんじゃお姉さんみたいなモンなんかな。」
「まぁそんなモンかな。でも、高ニの春で別れちゃったし、ここ最近は会ってもいないんだよね。大学入ってから助教授してるって知ったしなぁ。」
「そうなんだ。んじゃ、久しぶりの再会?」
「まぁ、そんな感じ。」
「いいなぁ、」唇にソースでも付いたのか、その短い舌で一回り舐めてから咲が話し出した。「私も両親あんま帰ってこないし、お姉さんとか欲しかったな。」
咲は俺の個人的な事へはあまり干渉してこない。
それが他の女と比べて付き合うのにストレスを感じさせない一番の要素だと思う。
ただ、それも俺の事を大事に思ってくれる気持ちと他人に干渉してはいけないという気持ちと半分半分のようだった。付き合い初めて最初の頃はそんなこと全然気付かないでよく出来た女だなって思っていたけれども、そんな咲の苦しみを垣間見たのは俺がいつものとおり貴博と一緒に女と遊んで、彼女が出来たからと避けていた朝帰りをついしてしまった時だった。
俺としては自分で勝手に思いやりで避けていた事をしただけで、傷つけたつもりも無かったし、傷つくとも思っていなかった。けれども、勝手だったのはそういう俺の思い込みで、咲は強い女でもなんでもなくて、強くなろうと必死に歯を食い縛っているだけだったのだ。
それから、朝帰りをしたことは無い。
本当は貴博の誘いも全て断ろうと思ったのだけれども、私が惨めになるだけ、と咲に意味不明の事を言われて取りあえず今の形に落ち着いてる。
だから、今も岬さんの事について過剰に反応したり聞いてきたりしない事は咲なりに気を使ったのだろうと思う。俺は言った。
「ん、咲には俺がいるじゃないか。」
すると嬉しそうに顔を上げて、
「そうだけど。もう、そういうのじゃなくて。」
と、答えてくれた。
それから懐かしむような感じでお互いの身の上の話をちらほら、咲の話はそのほとんどが一度は聞いたことのある事だったけれども、したりしながら、ごちそうさまと後片付けをして、交互にシャワーを浴びた。
後に浴びた俺が出てくると咲はベッドで寝転んで漫画雑誌を読んでいた。纏めていた髮は自然に流れていて、下は寝間着だったけれども上は白いティーシャツ一枚だった。俺は机に座ると頭をタオルでくしゃくしゃと拭きながらパソコンとプリンターの電源を入れる。岬さんと、貴博に見せる分の原稿を印刷したかった。
使えるようになるまで待つ。その間、また咲を見た。シャワーを浴びた後の濡れた腕はこの暖かさでもう乾いていて、いつも擦っている白い肌が見え、うつ伏せで寝ているのでその合間から押し潰されている大きめの胸が見える。パソコンの起動が終わったので紙をプリンターにセットして印刷を始める。量は結構あるので時間はかかるし、途中、何度か紙をセットし直さないといけない。
タオルを椅子に掛け、立ち上がり、次の紙の束を用意すると、振り向いて咲が寝ている所に歩いていく。咲は相変わらず漫画雑誌を読んでいる。それを見下ろすような所へ立ち、少し見下ろしてから、おもむろに覆い被さるように屈み込むと片手を咲の股間へと差し入れて寝間着と下着の上から襞とその周りを擦る。すると、咲はいやぁん、と少しお尻を揺らせた。その人より脹らんでいるお尻の隙間から差し入れた手に感じる生温かい感触と柔らかい触り心地が俺の性欲を刺激する。
咲の襞は余り大きくなく、擦っていて柔らかくなってきてもあまりくにゅくにゅとした感触にはならないし、咲も余り反応しない。どちらかと言えば付き合って声を出してくれている、といった感じになる。それが、中はとても生温かくぬちゃぬちゃとしていて、そこを刺激した途端に咲の反応もすごく過敏なものになり、そのギャップが興奮させてくれる。
そのことを思い出しながら親指の腹で入り口の辺りをくいくいと擦りながらにやついている咲の首筋に吸い付き、離して、また吸い付く。すると咲はぱたん、と雑誌を閉じてそれをベッドの端に置くと、ぐるり、と仰向けになって両腕を俺へと伸ばしてきた。
俺はその両腕の間に体を入れて咲へと体を預ける。咲がその腕を回して俺を抱きしめてくる。また、咲の入り口からひだの周りへと手を這わせて、少し荒くなる息を吐き出したその唇に吸い付く。
心配だなぁ、と、唇を離した時に咲が呟いた。
なにが?と咲の股間への愛撫を続けながら聞き直すと、
みさきさんの事。と、身をもじもじと捩りながら答える。
大丈夫だよ、と手を止めて耳元でつぶやいてあげると、
ほんと?と聞き返しながらその腰を動かして俺の手に擦り付けてくる。それはゆっくりとした大きな擦りつけで咲はこれを気持ちよがった。
ほんと。しっかりと手を咲へと押し付けながらはっきりと答えて、それから、咲を見つめる。その瞳がうるんでいた。俺は急に愛おしさが溢れ出てきて、勢いよく口付けをしながら、激しく愛撫をしながら、力強く抱きしめた。
さっきまでインクリボンと紙が定期的に動く音がしていたが、いつのまにか途切れていて、ピー、ピー、と注意を促される音がしていたが、それも止まっていて、その後ろで俺たち二人は深く愛し合った。愛おしさを伝え合う、愛おしさが伝わり合う、気持ちの良い行為だった。
それから手を握り合って二人して眠った。
朝になり、起きると、携帯を手に取る。昨夜、メールの着信音が鳴ったのを思い出したのだ。その時は無視したけれども今なら見てもいいだろうと思った。
おーけー
貴博からだった。おーけー?なんの事かわからずに送信履歴をいじって、自分が送ったメールを見て、思い出す。
そういえば、マリさん傷つけたかもしんなかったんだっけ。
作品名:第九回東山文学賞最終選考会(4) 作家名:ボンベイサファイア