第九回東山文学賞最終選考会(4)
ここぞとばかりに料理の説明をすると、ふむふむ、と二人とも聞いてくれる。
「いいな、彼女っていつもこんなの食べさせてもらってるんだ。いいな。」マリさんが黒田さんに言う。「彼なんて、料理全然ダメだもんね。」黒田さんが答える。「マリの彼氏、料理って感じじゃないよねぇ。」
「私も出来ないじゃん?もうどうしよって感じ。」
「教わったら?」
「うん、」もぐもぐ言わせながら「今度、教えてよ。」
「簡単だよ。こんぐらいならさ。こいつだって」隣の貴博をちょこんと突く「出来るよ、これぐらいなら。」
勢いよくすすった貴博が「そうそう、」もぐもぐと言わせながら「俺もこれならできるしさ、今度教えたるって。俺はもっとボリュームある方が好きなんだけどね。」
「へー、けっこ器用なのね。」
そんな他愛の無い会話をしながら、二人とも綺麗に平らげてくれたのが嬉しかった。その事を感謝すると、逆に、
「逆だって、逆だって、作ってもらってホントありがとぉ、こっちだよねぇ。」
「やっぱりシェフ寺西は本物だったね。」
そう言ってもらえた。少し照れ笑いを見せながら皿を片付けると手伝ってくれようとしたけれど、貴博がそれを止める。
「いやいやいや、ここは片付けまでがシェフの仕事。俺たちはどうだろ、食後のビールでも。そのほぉがいいだろ?」
「そうだよ、カルボナーラの後のビールはおいしいよ。」
二人とも、本当に申し訳なさそうな顔を見せたけれども貴博が半ば強引に座らせてその前に缶ビールを置く。
その姿を見届けてから洗い物を始める。イタリア料理の後のビールは最高なんだ、とつぶやきながらお皿を洗っていく。正直、あれだけ単純な料理で褒められる事の方がむず痒くてかなわない。
普段、彼女へはもう少し手の込んだ料理を作っている。今日のカルボナーラなんかは手抜きともてなしの二つを同時に満たそうとした結果の一つにすぎない。でも、そんな料理でも雰囲気作りと、何よりも男がやってきて作ってくれるっていう事ですごい喜んでくれる。それに、もし味に不満があるようならば次はちょっと本気を見せてあげればいい。それがまた一つの口実になる。
それからリビングに戻るとマリさんが俺の分の缶ビールを開けてくれて、あらためて四人で乾杯をしてから小説の話になった。
「でも、経済だよね?」
「うん、貴博と一緒。経済学部。」
小説の話になるとだいたいこの部分を言われて、そして次にこう聞かれる。
「文学とかじゃないんだ?」
「うん、なんか経済学部の方が面白そうだったしね。」
それから、こう聞かれる。
「サークルとか入ってるの?」
「ううん、入ってない。ほんっと、ただ貴博が冊子作るっていうから、頼まれたの書いてるだけなんだよね。」
貴博は自分が中心となって経済学術の小論をまとめた冊子を作っている。その声を掛けられた時に小説の方が得意なんだけどな、と漏らしたら、俺だけが小説を連載する事になった。
「だってさ、こいつ、経済論文書けねーんだもん。」
「書けるって、単位ちゃんと取ってるし。」
「先月だっけ?」マリさんが言う。「貴博のケインズのまとめ、すっごい面白かったよ。」
「さすが、マリっちみたいにわかる人は分かってくれるんだよなぁ。」と、得意げに貴博。「まぁ、サミュエルソンなぞっただけだけどね。」京子さんはあきらかにわからないといった顔をしている。
それから俺が書いた短篇の感想を二人が話してくれた。概ね、良好で気に入ってくれているようだった。何回か書いた官能小説も含めて。
他にお笑いの話やワールドカップの話で盛り上がって最初のつまみの袋が開いたときにふと窓の外を見ると、暗くなっていた。
「もぉ外暗くなるんだな。」
俺の言葉に反応するように京子さんがカーテンを閉める。
「んじゃ、俺用事あるし帰ろっかな。」
ぐい、と少し残ってたビールを飲み干して準備しようとするといち早くマリさんが立ち上がった、
「あ、送っていくよぉ。」
「さんきゅぅ、でもいいよ、歩いてすぐだしさ。」
「まぁ、せっかくご馳走になったんだし。」
まだ一本目だったマリさんの缶がどれだけ減っていたのかはわからなかったけれど、思いっきり笑った後だからか少し顔が赤く目がうるんでいるように見えて、部屋に入った時に感じた大人しさよりは京子さんと同じぐらいの元気が滲み出ている。
「ありがと、そんじゃ頼もうかな。貴博はまだ大丈夫だろ?」
「俺?俺は大丈夫だけど、どうすっかな、」と、ちらりと、しかしはっきりと京子さんと目を合わせると彼女が言った、「えー、ビールこんな残っても困るって。」
「ってことでよろしく。またね。」
言いながら扉を出て振り返るとマリさんがスニーカーを履いている姿が見えて、奥に向かってんじゃ行ってくるね、と言っていた。それから二人で外に出た。
日は落ちているけれども暑さのぬくもりがまだ残っていて、冷房と冷えたビールの感触を優しく包んでくれている。こういう感じは嫌いじゃなかった。
「カルボナーラおいしかったよ。」
並ぶように歩きながらマリさんが親しそうな感じでお礼を言ってくれる。
「でっしょぉ。あれ、けっこ人気あるんだよね。その割には作るの簡単なんだけどねぇ。そだ、あれがよかったんなら、今度ラザニア作ってあげるよ、ヘルシーな作り方知ってるんだ。」
「ほんと?楽しみ。」
一方、俺は口調を変えなかったけれども彼女の親密さは下がらなかったようだった。
「ミートソースをトマト缶とケチャップであんま挽き肉入れないで作るんだけど、その分、ホワイトソースおいしく作るの。おいしくっていったって、コンソメ入れたりするだけなんだけどねぇ。」
「すごぉい。ねね、そういうのドコで覚えるの?」
「本見たりするけど、最近はネットが多いかな。レシピとかいろいろ乗ってるのあるじゃん?簡単ラザニアとか検索するとけっこぉ出てくるしね。」
「ふーん、あんまパソコン使わないんだよね、お父さん買ってくれたんだけど訳わかんなくてさ。いちねん時、パソコンの単位あったじゃん?あれ、落としそうになっちゃったよ。」
「あー、けっこ理論理論だったもんね。使ってればけっこ簡単よ?あーいう理論なんか使わないしさ。」
「じゃぁ教えてよ、」ここでマリさんが僕の方に顔を向けたのが目の端からわかった、「そうだ、家行っていい?パソコンちょっと見せてよ。」
俺も少し顔を傾けて、マリさんからは斜めに顔が見えるようにしてから言いにくそうに口にする。
「あー、ゴメン。ちょっと無理っぽい。」
「実家だったり?」
マリさんは声音もその屈託の無い笑顔も変えずに聞いてくる。
「一人暮らしなんだけど、彼女、寝てんだ、今。」
「同棲してんの?」
今度は少し驚いたように聞いてきた。目を見開いた所を見ると本当に驚いたらしいけれど、ドコに驚いたのかはわからない。
「同棲ってわけじゃないけど、まぁ、わりと部屋には来てくれるかなぁ。」
「ふーん、」正面を向く、「そか、上手く行ってるんだね。」
「そっちはどうだい?」
作品名:第九回東山文学賞最終選考会(4) 作家名:ボンベイサファイア