第九回東山文学賞最終選考会(4)
4 寺西拓と小早川咲、時々岬助教授の大学生活、少し時を遡ってその年の夏の始まりから
去年よりはマシだな、と思える夏の暑さだった。
もちろん、部屋に居たり店に居たりすれば冷房が効いていて逆に肌寒いぐらいだったけれど、こうやって時折外に出るとむわっとした熱気に包まれる。そんな時、今年も夏が来たなぁ、と思う。
歩道に出るとタイミング良く貴博が電話してきた。出ると、
「お、今どこいるん?」
と元気な声が聞こえてくる。
「マンション出たトコ。どこ行けばいい?」
「パチ屋の角にスーパーあるだろ。そこ来てくんない?」
「オーケー。付いたら電話するわ。」
ははぁ、さては勝ったな。
勝てば材料買って連れだって女の所へ。まさに泡銭ってね。
合流するとスーパーでパスタとチーズを選ぶ。俺達は講義が無いとは言え、平日の午後。他には主婦らしい客がちらほら見えるだけだった。
「あー、多分なぁ。マリはあんまごってりしたモン食べないしな。でも、京子がわかんねぇんだよなぁ。あいつバスケするし、もしかしたらけっこぉ食えるかも。」
「え、あの体で食うのかよ。」
「わかんねぇーで。脱いだらけっこぉすごいのかも。」
こいつが言うと本当にハダカを想像してそうでちょっと引く。
「どうせ、」パルメザンチーズの筒を二つ見比べながら「脱がせるつもりっしょ。」そして右側は戻す。「んじゃあっさりした方で。」
「違うんか?」
「食感だけどね。後は卵だな。」
それから幾つかの材料とビールとを買って歩く。まだ日は高く、ビールが入ってる袋が水滴ですこし透け出した。
あちぃー、と呟いた貴博は紫色のTシャツに褪せたジーパンで、そのすらっとした体系と軽い歩き方がこの暑さの中でもちょっとした涼しさを振りまく。一方、俺も七分袖にチノパンと格好こそ軽めだったけれど、ずっとパソコンに向かっていたせいで正直歩くのが少ししんどい。
「出来たん?」
いきなり聞かれて何の事かわからなかったけれど、すぐに気付いて答えた。
「んー、まぁ、一応ね。出来たっつーか、なんつーか。最後までは行ったわ。」
「おぉ、やるじゃん。どなん?おもしろいん?」
思わず苦笑してしまう。
「どーだろぉなぁ、なんか、わっかんなくなってくるんだよね、自分で書いてると、さ。なんか、俺的にこれめちゃくちゃおもしれーとかって思ったりするんだけど、果たしてみなさんはどうかなって感じ。」
「読んでやるよ、持って来いって。」
「さんきゅ、でも、つまんなくても文句言うなよ。」自転車が一台俺たちを追い越していく。「そういうの、へこむしさ。」
小馬鹿にするように貴博が笑う。
「あー、ぼろかす言ってやるし安心しろって。」
「ちょ、マジやめてって。」
そんなくだらない話をしていたらすぐに京子さんの部屋に付いた。貴博がインターホンを鳴らす。
すると、少し間をおいてから、はい、と威勢の良い女の声が聞こえた。
貴博が答える。
「尾崎だけど。」
あー、はいはい、と聞こえて、それから扉が開いて京子さんが顔を出した。小柄で短い黒髪の女で、今が一番楽しい、といった風な笑顔を見せている。可愛いという形容が良く似合う笑顔だ。
「約束通り。」言いながら貴博がビニール袋を掲げると、京子さんは次に俺を見て「寺西君だよね?」と聞いてきたので、「そうそ、黒田さん。」と答える。
乗り出してきた上半は身体に合ったサイズのワンピースで晒している二の腕はスポーツ大好きです、と言った感じに綺麗に焼けた肌としまった肉付きをしている。なるほど、その延長で胸の膨らみを見てしまえばその腰に至るラインまで想像したら駄目だというのが無理な相談だったし、気になる太股に至ってはスパッツが想像するよりも細いシルエットを魅せてくれていた。貴博の気持ちも良く分かる。
「どうぞ、入って。真里ももう来てんだ。」
おじゃまします、と入って、マリさんに紹介される。マリさんは色を抜いた髪を肩まで垂らしていてプリントされている七分にスカートを履いていた。機敏な動きと甲高い笑い方でエネルギーが溢れてそうな京子さんと比べて大人しめな感じだったけれど、プリントされている柄は雌の記号の輪っかを雄の記号の矢印が貫いているものだった。まったく、どこに売っているんだか。
「さーてと、それじゃ、早速。」
手を一つ叩いて台所を案内してもらい、ビールを仕舞ってから材料を開け始める。俺が料理を作り、その間貴博が女達の相手をする。それが俺たちの役割分担だ。会話で楽しませ、その後料理で楽しませ、満足して頂けたらお酒を開ける。
まずは料理だ。パスタの為に鍋に湯を沸かすとボールに卵を割ってチーズを合わせて卵液を作る。それからベーコンを小さめに切り軽く塩と胡椒を振る。
そこまですると湯が沸くまで、と思って、キッチンとリビングの間の壁に寄りかかると三人が盛り上がっている所だった。
「あー、寺西君って彼女いるんだって?」
俺を見つけて京子さんが声をかけてくる。
一人で過ごすには広いだろうけれど三人なら窮屈に感じる程度の部屋で遠慮なく笑っている彼女達からは湯気のように活力が漂っていてそれが僕の方へも匂ってくる。
「いるよぉ、めっちゃ可愛いの。」
「よく言えるよねぇ。言ったとおりだ。」
「だろぉ。わっかんねぇよね、こいつ、こう見えて小説とか書くんだぜ?」
「知ってる知ってる!」
まるで旧友達の集まりのように三人の会話が弾むのを安心しながら眺める。
「エロいのとか書いたりするんでしょ?」
「ちょ、こいつが書いて欲しいって言うからさ、」
「あー、その可愛い彼女に読ませたりしてるんでしょ?」
「し、してないって、あ、お湯が沸いたかな、」言いながら奥へと引っ込む。
会話の続きは貴博が引き受けてくれている。偉い序盤からエロい話に持ってってるな、と思いながら鍋を覗くとぐつぐつと沸いていたので塩を入れる。それから、時計を見ながらパスタを沈める。茹で時間をいかに調整するかで出来上がりが変わってくるので油断は出来ない。
フライパンを熱し、ベーコンを焼くとじゅぅ、じゅぅーと焦げるような音と共に香ばしい匂いが漂う。この香りが彼女達の所に届いて食欲を刺激してくれるはずだ。人間、欲を刺激されると我慢出来なくなるよね。それも若ければなおの事。
タイミングを見て鍋からパスタをあげてよく水気を切り、フライパンに入れる。そして、卵液を加えてよく和える。
一口、味見をしてみる。よし、よく出来たぞ。
皿を出し盛り付けるとパセリと黒胡椒を振って完成だ。
今回は生クリームを使わなかったからよくみるクリーム状の見た目こそ無いけれど、茹で加減はばっちりだし女性好みに仕上がった。
出来上がったよー、と持っていくと喜んでくれた。そして、みんなでいただきますをして食べ始めると、二人の女性はもっと喜んでくれた。
「なんか、見た目よりボリュームあるよね。」
「おいしい!」
「よく見る、クリームたっぷりな感じのあるじゃん?あれもおいしいんだけどちょっとお腹ふくれちゃうんだよね。だったらこっちのがいいかなって思って。」
去年よりはマシだな、と思える夏の暑さだった。
もちろん、部屋に居たり店に居たりすれば冷房が効いていて逆に肌寒いぐらいだったけれど、こうやって時折外に出るとむわっとした熱気に包まれる。そんな時、今年も夏が来たなぁ、と思う。
歩道に出るとタイミング良く貴博が電話してきた。出ると、
「お、今どこいるん?」
と元気な声が聞こえてくる。
「マンション出たトコ。どこ行けばいい?」
「パチ屋の角にスーパーあるだろ。そこ来てくんない?」
「オーケー。付いたら電話するわ。」
ははぁ、さては勝ったな。
勝てば材料買って連れだって女の所へ。まさに泡銭ってね。
合流するとスーパーでパスタとチーズを選ぶ。俺達は講義が無いとは言え、平日の午後。他には主婦らしい客がちらほら見えるだけだった。
「あー、多分なぁ。マリはあんまごってりしたモン食べないしな。でも、京子がわかんねぇんだよなぁ。あいつバスケするし、もしかしたらけっこぉ食えるかも。」
「え、あの体で食うのかよ。」
「わかんねぇーで。脱いだらけっこぉすごいのかも。」
こいつが言うと本当にハダカを想像してそうでちょっと引く。
「どうせ、」パルメザンチーズの筒を二つ見比べながら「脱がせるつもりっしょ。」そして右側は戻す。「んじゃあっさりした方で。」
「違うんか?」
「食感だけどね。後は卵だな。」
それから幾つかの材料とビールとを買って歩く。まだ日は高く、ビールが入ってる袋が水滴ですこし透け出した。
あちぃー、と呟いた貴博は紫色のTシャツに褪せたジーパンで、そのすらっとした体系と軽い歩き方がこの暑さの中でもちょっとした涼しさを振りまく。一方、俺も七分袖にチノパンと格好こそ軽めだったけれど、ずっとパソコンに向かっていたせいで正直歩くのが少ししんどい。
「出来たん?」
いきなり聞かれて何の事かわからなかったけれど、すぐに気付いて答えた。
「んー、まぁ、一応ね。出来たっつーか、なんつーか。最後までは行ったわ。」
「おぉ、やるじゃん。どなん?おもしろいん?」
思わず苦笑してしまう。
「どーだろぉなぁ、なんか、わっかんなくなってくるんだよね、自分で書いてると、さ。なんか、俺的にこれめちゃくちゃおもしれーとかって思ったりするんだけど、果たしてみなさんはどうかなって感じ。」
「読んでやるよ、持って来いって。」
「さんきゅ、でも、つまんなくても文句言うなよ。」自転車が一台俺たちを追い越していく。「そういうの、へこむしさ。」
小馬鹿にするように貴博が笑う。
「あー、ぼろかす言ってやるし安心しろって。」
「ちょ、マジやめてって。」
そんなくだらない話をしていたらすぐに京子さんの部屋に付いた。貴博がインターホンを鳴らす。
すると、少し間をおいてから、はい、と威勢の良い女の声が聞こえた。
貴博が答える。
「尾崎だけど。」
あー、はいはい、と聞こえて、それから扉が開いて京子さんが顔を出した。小柄で短い黒髪の女で、今が一番楽しい、といった風な笑顔を見せている。可愛いという形容が良く似合う笑顔だ。
「約束通り。」言いながら貴博がビニール袋を掲げると、京子さんは次に俺を見て「寺西君だよね?」と聞いてきたので、「そうそ、黒田さん。」と答える。
乗り出してきた上半は身体に合ったサイズのワンピースで晒している二の腕はスポーツ大好きです、と言った感じに綺麗に焼けた肌としまった肉付きをしている。なるほど、その延長で胸の膨らみを見てしまえばその腰に至るラインまで想像したら駄目だというのが無理な相談だったし、気になる太股に至ってはスパッツが想像するよりも細いシルエットを魅せてくれていた。貴博の気持ちも良く分かる。
「どうぞ、入って。真里ももう来てんだ。」
おじゃまします、と入って、マリさんに紹介される。マリさんは色を抜いた髪を肩まで垂らしていてプリントされている七分にスカートを履いていた。機敏な動きと甲高い笑い方でエネルギーが溢れてそうな京子さんと比べて大人しめな感じだったけれど、プリントされている柄は雌の記号の輪っかを雄の記号の矢印が貫いているものだった。まったく、どこに売っているんだか。
「さーてと、それじゃ、早速。」
手を一つ叩いて台所を案内してもらい、ビールを仕舞ってから材料を開け始める。俺が料理を作り、その間貴博が女達の相手をする。それが俺たちの役割分担だ。会話で楽しませ、その後料理で楽しませ、満足して頂けたらお酒を開ける。
まずは料理だ。パスタの為に鍋に湯を沸かすとボールに卵を割ってチーズを合わせて卵液を作る。それからベーコンを小さめに切り軽く塩と胡椒を振る。
そこまですると湯が沸くまで、と思って、キッチンとリビングの間の壁に寄りかかると三人が盛り上がっている所だった。
「あー、寺西君って彼女いるんだって?」
俺を見つけて京子さんが声をかけてくる。
一人で過ごすには広いだろうけれど三人なら窮屈に感じる程度の部屋で遠慮なく笑っている彼女達からは湯気のように活力が漂っていてそれが僕の方へも匂ってくる。
「いるよぉ、めっちゃ可愛いの。」
「よく言えるよねぇ。言ったとおりだ。」
「だろぉ。わっかんねぇよね、こいつ、こう見えて小説とか書くんだぜ?」
「知ってる知ってる!」
まるで旧友達の集まりのように三人の会話が弾むのを安心しながら眺める。
「エロいのとか書いたりするんでしょ?」
「ちょ、こいつが書いて欲しいって言うからさ、」
「あー、その可愛い彼女に読ませたりしてるんでしょ?」
「し、してないって、あ、お湯が沸いたかな、」言いながら奥へと引っ込む。
会話の続きは貴博が引き受けてくれている。偉い序盤からエロい話に持ってってるな、と思いながら鍋を覗くとぐつぐつと沸いていたので塩を入れる。それから、時計を見ながらパスタを沈める。茹で時間をいかに調整するかで出来上がりが変わってくるので油断は出来ない。
フライパンを熱し、ベーコンを焼くとじゅぅ、じゅぅーと焦げるような音と共に香ばしい匂いが漂う。この香りが彼女達の所に届いて食欲を刺激してくれるはずだ。人間、欲を刺激されると我慢出来なくなるよね。それも若ければなおの事。
タイミングを見て鍋からパスタをあげてよく水気を切り、フライパンに入れる。そして、卵液を加えてよく和える。
一口、味見をしてみる。よし、よく出来たぞ。
皿を出し盛り付けるとパセリと黒胡椒を振って完成だ。
今回は生クリームを使わなかったからよくみるクリーム状の見た目こそ無いけれど、茹で加減はばっちりだし女性好みに仕上がった。
出来上がったよー、と持っていくと喜んでくれた。そして、みんなでいただきますをして食べ始めると、二人の女性はもっと喜んでくれた。
「なんか、見た目よりボリュームあるよね。」
「おいしい!」
「よく見る、クリームたっぷりな感じのあるじゃん?あれもおいしいんだけどちょっとお腹ふくれちゃうんだよね。だったらこっちのがいいかなって思って。」
作品名:第九回東山文学賞最終選考会(4) 作家名:ボンベイサファイア