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小さな鍵と記憶の言葉

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 まるで嵐のように集まった面々は、また各々嵐のように散っていった。王は誰かのもとへ、芋虫は結局帽子屋に引き摺られ、三月兎は溜息を吐きながら、彼らをフォローしようと後ろをついていった。
 残ったのは元通りふたりきり。静かだけれど安心も留まってくれている。

「なんだか、頭が痛くなっちゃった」
 笑いながら言うと、白兎が心配してくれた。大丈夫、ちょっと疲れただけだ。散々色々なことを考えすぎたのか、じんわりと頭が重い。
 それは激痛ではなくて、幸せな痺れに似ている。午後のまどろみのような。テストから開放された金曜日のような。
「部屋に戻ろうか?」
「ううん。大丈夫」
 軽く頭を振って、フィンより二、三歩前を歩いた。彼を前にするときっと部屋まで送り返されてしまう。昨日のお礼に手伝いをすると決めたんだから、今日はしっかり荷物持ちをしないと。
 とは言っても、やっぱり封筒や紙切れくらいしか持たせてくれないんだけど。
 踊り場をくるりと廻って、足元を確かめながら降りていく。結果的に役に立ってるのか邪魔をしてるのか、判断出来ないな。随分読めるようになった英語の文面を何気なく拾い読んでは、首を傾げるの繰り返し。さすがにまだ内容までは難しい言葉だらけで追いつかない。

「んー、もう少しなんだけどね」
「やっぱり大事をとった方が」
「だから、大丈夫だってば――」
 識字力についての溜息を、どうしてか彼は疲労と取ったらしい。
 『最近のフィンは心配性だね』、けれど、そう言うことは出来なかった。

 安らぎの影響力は大きい。背後が希薄になったのはそのせいでもあったろう。
 安心感、安堵。ときにそれらは油断を引き寄せる。
 不満そうなフィンの顔を見て、私は苦笑いを浮かべようとした。けれどそれも半ばで中断される。笑い方より確かめるべきものがあった。自分の足元がどうなっているのか確認する必要があった。

 足元。
 ふかふかの絨毯に覆われるはずの床板がない。あと一歩のところで、私の踵は空中を踏んだ。
 転ぶと察するより先に注意を向けたものがあった。
 影だった。私と城兎の間に割って入った影。フィンの表情が固まる。私は――どんな表情をしていたのか分からない。
 階段を下りる私の背中に、何かがぶつかってきたような気がした。よく分からない。
 違う、後ろから何かに押された、そんな気がした。それほど強い力じゃない、せいぜい軽く肩を叩かれた程度。けれどそのタイミングが悪くて。そう、私はちょうど階段に足をかける最中だった。

 ぐらりと視界が傾いて、もう片足すら床から離れてしまう。
 あ。転ぶんじゃない、落ちるんだ。
 落ちていきながら、後ろに立っていた人物が見える。

 その顔は、私のよく知った顔で――

「リラ……!」

 それよりも、血の気が引いていく白兎の顔が、強く強く私の眼の奥に焼きついた。