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小さな鍵と記憶の言葉

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 正しくは、彼のチャイナ服の背中にぴったりくっ付いている者がいた。太陽に透けた茶色の髪はゆるく束ねられていて、いつもニコニコ笑いと紅茶の香りを纏っている人。それが今は親しげに芋虫の肩に腕を置いて、まるで、逃がすまいとするかのように張り付いている。
「この紅茶狂を追い払ってくれ」
「おやおや、人聞きの悪い。僕はただ、君の秘蔵の茉莉花茶をご馳走になろうと」
 二人の表情は対照的だ。ルーシャは人に纏わりつかれているとは思えない俊敏さで私達の元へやってきて呻き、ジョシュアは人に纏わりついてるとは思えない涼しげな顔で手を上げた。
「誰も披露するとは言っていないだろう」
 芋虫が押し殺した声で呟いた。
「私は今から自室に篭る。他人の相手などしていられるか」
「もてなしを期待してなどいないよ、勝手にやるからお構いなく」
「ならば、茉莉花茶は別けてやるから――」
「いやいや、茶葉があるだけでは意味がない。ちゃんとそれに詳しいひとがいないと、お茶の美味しさが半減してしまうだろう?」
「お茶の淹れ方など薔薇にでも教わればいい」
「もう、分かってないなぁ」
「シュー!」

 また別の大声が、また背中側から聞こえてきた。ジョシュアを呼ぶ声。私はフィンとローレンスが会話していた方を振り返る。彼らもまた何事かと視線を向けていて、三人分の視線の先に居るのは、苛々を纏った三月兎。
「ダミアン――」
 多分勘違いだとは思うんだけど、今あの執事長が舌打ちをした気がした。それから呆れ顔でつかつかとやってきて(私の横では忘れずに優雅な笑みをもって会釈した)、重い溜息を吐く。

「また貴方は人に迷惑をかけているのですか?」
「迷惑は知らないけど、安らぎは振舞っているつもりだよ」
 眉間のシワに気づかない振りのまま、いつもの穏やかな微笑を浮かべる帽子屋の神経の図太いことといったら。
「安らぎを回収して廻っているようにも見えますが。お茶の用意は要りませんか」
「いやいや居るよ。だけど、そうだね、招待を受けよう。せっかくだからルーシャの部屋に」
「呼ばぬ」
「ええ、どうしてだい。リラも来るだろう?」

 ぴしゃりと切り捨てても、帽子屋は何処吹く風。
 だから、私は。何だか――

 思わずくすりと吹き出してしまう。

 何だか、賑やかで呆気にとられてしまった。彼らのやりとりがすごく眩しい。私の覚束無さが霞んでしまうくらいに。
 彼らと居ると、アリスなんてちっぽけで、本当は必要ないんじゃないかって思えてくる。だからといってアリスが『必要ない』わけでも『役立たずを正当化』するわけでもなく、肩の力を抜いていいんだって楽になれる。無理に背伸びなんてしないで、知らない振りばかりで無視するわけでもなくて。
 通りすがりのアリスだってこの世界を照らすことができる。彼らが私の名前を呼んでくれるだけで、私は、ほんの少しでも彼らの役に立てているのだと思うことが出来る。
 この、笑顔を。賑やかさを。

 たとえ何も変わらない空に見えても。

 ――此処に来られたことは、きっと幸福なことだ。