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小さな鍵と記憶の言葉

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11 誰が彼女を追い詰めたか  “Who Hounded Her?”


「あ、見てあのお店。果実屋みたい」

 通りを見渡すと、ちょうど果物の並ぶ屋台を見つけた。フィンの袖をぐいぐいと引っ張って私たちは人波を抜ける。
 お目当ての品物が籠いっぱいに積んである。量り売りらしいので、飾りつけによさそうな丸くて赤いものを慎重に選び出した。財布は白兎に預けてあるから精算は彼任せだ。
 街に出るのは三回目だ。一度だけケイをお守りにして買い物に来させてもらったことがあったけれど、その他の二回は今回を含めてどちらもフィンと一緒。だからまるで、あの時と同じような町並みと賑やかさに、嬉しさと懐かしさを感じていた。
「良かった。さくらんぼもブルーベリーも売ってた」
 勘定が終わるのを、宝石のような果物達を眺めながら待つ。このお店はスーパーでも馴染みの品目の他に、名前しか知らないような、下手をすると名前も分からないような果実まである。ええと、この黄色でごつごつしているのはなんという名前だろう。顔を寄せてみると見た目に沿わない甘やかな香りがする。
「林檎はいかが?」
 うろうろしているうちに白雪姫みたいな台詞を聞いて、思わず身構えてしまう。視線を向けると、軒先で椅子にかけていたおばあさんだった。どうやらこのお店の人らしい。
「今仕入れたばかりのものがあるから、おまけでつけてあげるよ」
「でも……」
「貰っておいで」

 好意とは知りつつ渋っていると、フィンが助言をくれた。心許なく見上げる。彼は少しだけ顔を私のほうへ近づける。
「毒なんて入っていないよ。皆感じ取っているんだ。君が鍵を持つアリスだってこと」
 私にだけ聞こえるくらいの囁きに導かれて、ふっとお店のおばあさんを振り返る。彼女は何も言わなかったけれど、幸せそうに微笑を浮かべ、ルビーのように真っ赤な林檎を差し出している。
「じゃあ、ひとつだけいただきます」
 観念して、その輝きをひとつ受け取る。返されたのは、陽だまりのような微笑。
「どうぞ。こちらこそ、ありがとうね」


 結局、さくらんぼとブルーベリーの入ったバスケットと右手にはまんまるの林檎を携えながら、私たちは城門への道を戻った。
 卵と小麦粉はフィンが抱えてくれている。私は依然として彼のペースに置いていかれないように速度を速め、白兎はというと、私の歩幅に合わせてゆっくりと傍らを歩いている。それが上手く釣り合っているのだと気づいたのはつい先刻のこと。
「不思議な場所ね」
 ぐるり周囲を見渡す。店先で接客している人も買い物客も、市場の隙間で遊んでいる子供たちも、きらきらとした顔付きで道を行き交っている。
「壁の外は混沌としているのに、内側に居る人たちはとても平穏だわ。城の中は更にね」
 まるであの城を中心に据えて安定しているかのような。荒れ狂う草原も荒野も決して現実外の場所ではないのだ。高い壁一枚を隔てた先にさえ荒廃は忍び寄っている。それなのに、平穏は何年も前から変わらないかのように。
 尋ねる代わりに彼を見ると、視線は既にこちらに向けられている。

「やっぱり、《アリス》のせいなの?」
「そうだよ」
 彼は戸惑いなく頷く。だから余計に私は首を傾げる。
「ちゃんと変わってるのかしら」

 あの草原も空も、私が来たときから取り立てて変わっていない。城の中にいれば忘れてしまうこともあるくらいなのに、窓から遠く外を見れば、ゆらゆらと歪んだ大地が目に飛び込んで来るのだから。
 ――世界を安定させるには、私はアリスにならなければいけない。
 この人はアリスを女王だと言った。けれど私は何一つ女王らしいことをしてきていないのに。