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小さな鍵と記憶の言葉

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「そうだ、今日の予定なんだけど、フィンから何か聞いてる?」
 ブラシを置き、エプロンの結び目を直しながら、続けざまに彼に聞く。
「『午前なら時間があるのでお付き合いします』と仰っていました。それから、海ガメのほうも予定通りにと」
「本当? やった」
 拳と一緒に喜びを握りしめた。午後はタツキの料理教室があるので、その材料を買いに行きたい。急な話だから断られるかと思ったけれど、杞憂だったらしい。
 うきうきと窓際のテーブルに移動する。そこにはケイの整えた朝の紅茶の用意が調っていて、今日もいい香りだね、声をかけようとして、私は眉を歪める。

「ケイ? どうかした?」
 直前で言葉を変える。彼の手際が悪いとか、紅茶の種類が好みでないとか、そういうことではない。
 そうではなくて、その表情が何故か暗い気がして。
「……なんだか、元気がないみたい」
 上手い言葉が見つからなかったので、知っている言葉のまま様子を窺う。トカゲがぼんやりと顔を上げた。私の視線に気付いて、オレンジ色の髪がゆるりと左右に振るわれる。
「いえ、何も。ただちょっとしたミスをしてしまっただけで」
 苦笑交じりのケイの顔。あまりに重たい溜息をはくものだから、テーブルに飾られたミニチュアローズが一緒になって首を揺らした。

「それで、怒られちゃったの?」
 きっと彼の上司なら兎辺りだろう。それとも、先輩の給仕だろうか。普段は穏やかで仕事に堅い二種類の兎の姿と、その前で小さく肩を落とすトカゲの姿を思い浮かべる。
「軽くですけど。次は気をつけないようにしないと」
 どんな大きなミスをしたのか、顔色は青くさえ見えた。けれどすぐにいつもの様子を取り繕い、大げさに肩を竦めて見せる。つられてひとつ、同情の苦い笑みを零す。
「応援してる」
「ありがとうございます」
 今度の笑顔は心から笑っているように見えた。努めてそうしているのかもしれないけれど、最初に会った頃の、アリスの私の前で萎縮していた様子はもう遠いものになっていた。彼もまた、前へと進んでいる最中なのだろう。