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小さな鍵と記憶の言葉

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 疲れてしまわないよう、静かに目を開ける。
 今まで見ていたものが何だったのか、確認するには少し時間が必要だった。とても不安で不思議な夢。鬱蒼と深い森の中を大木の幹を便りに延々と進んでいく。それはやがて薔薇の生垣へ代わり、更に進めば本棚の回廊へと変わる。
 天井も見えないほど高い本棚の間を、私は自分の足音に怯えながら歩いていく。そしてその夢は、突如として終わりを迎えた。行き着く先にあった真っ白な木の扉を押し開けることも叶わないまま。

 ――猫が、笑っていたような。

 ここに来てから見た夢の中で一番突拍子もなくて非現実的な夢。歩いている自分さえ、これは夢だと分かるくらい。その中でただ一つ、あの猫の微笑みだけが現実に近かった。そんな気がした。
 駄目だ、起きよう。寝ぼけた頭を軽く振る。これでも朝には強い。クローゼットを開けて身支度を整える。家での過ごし方と唯一違うのは最後に枕元のベルをチリンと鳴らすこと。するといつも待っていたかのように(多分実際に部屋の外で待っているのだと思う)、トカゲか兎が入ってくる。
 そうして朝の紅茶が用意されるのだけれど、最初の頃は目覚めから着替えまでを薔薇達が手伝おうとして困ったものだった。今はなんとか支度は自分で行ってモーニングティーだけ任せる形で決着している。ここでの生活にも随分慣れたものだ。
 髪を梳かしながら窓の外の遠い空を眺める。そこで、あれ、と首を傾げた。
 鈴の音から一呼吸置いたくらいの間があって、今日はケイが入ってきた。私は挨拶もそれなりに、空の様子を彼に尋ねる。

「ねぇ、太陽が雲を透かして向こうに見えるの。あんなにもこもこして厚そうなのに、どうしてかな」
 太陽だけじゃない。空の青色も、鳥の影さえも、綿雲の向こうに漂う姿がありありと映っている。重なれば重なるほどに、空の青色が濃く映りこんでいるようだ。
 ケイは不思議そうに私の指の先を見てから、すぐに微笑んだ。
「もうすぐ小夏(ショウカ)が来るからですよ」
 小夏?と聞き返す。彼は小さく頷く。
「この辺りの夏季は短くて涼しいんです。だから、夏ではなくて小夏。雲が不透明なのは季節が入れ替わるからなんです。変わり目は何もかも不安定になりますから」
「何もかも。つまり、空も雲も?」
「ええ。そういえば、リラがこの城に来た頃はまだ春の始まりでした」
 早いですね、と感慨深そうに雲を見やる。私はというと、もうそんなに経つのかという懐かしさと、もしかしたら『そういうこと』なのかもしれないという仄かな予感を抱えていた。