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小さな鍵と記憶の言葉

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 これから仕事だというジョシュアを残して、私は談話室を出た。乳白色のライトに照らされる廊下は、窓の外とまるで違って、明るくて開放的だった。開け放したままのカーテンさえ気にならない位、夜の心細さなど打ち消してしまう。
 けれど、どうしても打ち消せないものがひとつあった。冷静に考えれば、どうして気づかなかったのかと自分を怒るしかない。
 あるいは、呆れる。

 窓の外は暗い。廊下が明るい分、余計に闇は深い。お陰で窓の外の目印にしていたものが全て隠れてしまっていて、思い込みで歩いてきた廊下がどうやら正反対だったらしいと気づいたのは、階段を上る前と上った先の廊下がすっかり同じものに見えた瞬間だった。

 もしかして。
 もしかして、迷子?

 とっさにフィンの苦い顔がイメージとして浮かぶ。
 頼りにしている時計塔も、どこにあるのかさえもう分からない。速足で歩けば歩く程に迷う予感がして、けれど急がなければどんどん夜が忍び寄ってきて、もう手が付けられない。
 こんな時に限って、誰も通らなかったりするんだ、この城は。
 でなければ反対に、一番会うとまずい人にばかり出くわしてしまう。

 廊下の角から現れたのは、カードと同じ黒が基調の兵士服。肩当と三つの徽章。それは闇色の硝子を背にしていてもはっきりとしていた。
 セレスタイン。名前を呼ぶより、私がとっさに立ち止まるよりも前に目があってしまった。明らかに疑いの目の色。何を疑っているかは、相手に聞かなくたって分かる。

「こんばんは」
 まだこんなところに、と言いたそうなしかめっ面に、私は何気ない風を装う。
「今、帰り道なの。迷子じゃないから大丈夫よ」
「それは重畳」
 先手を打とうとして墓穴を掘ったような気がしないでもないけれど、気づかないふりをしてくれたのに甘えて通り過ぎようとした。
 けれど、私の足は止まってしまう。
 渡り廊下はセレスのすぐ後ろで突き当たって、右と左に分かれている。これは、どちらに行くのが正しいのか。どちらに行けば、迷子でないと言い訳できるんだろう?――いや、本当は迷子なんだけれど。
 ええと……向かい側に建物が見えるってことは……って、あれ?ここにソファなんてあったかな。
 ものすごい速さで思考を巡らせる私の、後頭部のあたりに視線を感じる。とりあえず、一端どちらかに曲がろうか?それとも、振り向いて笑い返すべきだろうか。
 次に聞こえたのは溜息に似た呼気。それから続けざまに、予想より毒気の抜けた声。

「もし貴女がアリスの部屋に帰りたいのなら、右の廊下を行って突き当たりの階段を上るのが近道だと思うが」
 遠回しな助言に、つい振り返ってしまう。目が合うと、セレスもまた困惑しているように見えた。
「あ、ありがとう」
 声をかければゆっくりと瞬きを繰り返し、そのまま踵を返してしまった。足音も少なく、無駄のない動作。少しずつ遠ざかっていくその後ろ姿に慌てて声をかける。