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小さな鍵と記憶の言葉

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 かつかつ、と、大理石の上を靴音が響く。
 ローファーみたいに踵の厚い靴。空より儚い青色のスカート。すっかり馴染んだ服装で居れば、どこで誰に会ってもふわりと微笑まれる。それが良いことなのか悪いことなのかまだ考えることは多いけれど、彼らの微笑みは少しずつ私の困惑も溶かしてくれる。
 それと同じように、すっかりと慣れた歩く速度。こんなに広い城だって何日も滞在すれば行動範囲は少しずつ広まり、その内側へ僅かに小さな輪をかけるようにして『道順』は身体の中に定着していく。

 例えば、《白兎の部屋》。食堂。《女王の間》。三月兎の庭。
 そうして今私が向かっている場所も、いつの間にか憶えてしまった場所のひとつだった。
 接続廊を抜けて東館へ。二階からの扉を開ければ、吹き抜けのホールのような場所に出る。
 広いはずなのに暗くて狭い場所。壁一帯を覆うに飽き足らず、大小様々に据えられた棚、棚。その殆どを埋め尽くす沢山の蔵書たち。天井窓から差し込む光が薄暗い室内にスポットライトを下ろす。
 そしてその片隅、窓枠に体を預けるひとりの青年がいる。

「久しぶりだね」
 重い扉の開く音には見向きもしなかったくせに、私が階段を下る前に声をかけてくる。薄手のブラウス、飴色の髪。それらを全て隠すように、ブランケットにくるまって彼が笑う。

「クリスティ」
「クリスでいいよ、リラ」
 高く積み上げた本の山。いつ来てもここには彼しか居ないし、物音はページをめくる音ばかり。声がやけに反響して、それから静かな空間の一部へと吸い込まれていく。
 ――図書室の亡霊。
 相応しい肩書きだといつも思う。日がな悠然と蔵書室に篭り、ジョシュアのお茶会にさえ顔を見せない。この間招待した普通のお茶会にさえ、目の前の《チェシャ猫》は現れてはくれなかった。時折珍しく廊下で姿を見かけても、誰も彼を気に止めようとしない。
 本当に亡霊なのではないかと、疑いたくなる程度には。