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小さな鍵と記憶の言葉

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「眠いんだ。凄く」
 夢の入り口から顔だけ出して、メリルはぼんやりと呟いた。かろうじて私に宛てられた言葉に苦笑を浮かべる。
「何か手伝おうか?」
「うん。じゃあ。毛布を」
「あはは」
 普段通りのまったり加減に思わず声をあげて笑ってしまう。
 ぱちぱちと、日向を切り取る瞬き。見えているのかいないのか、分かっているのかいないのか。
「仕事……捗らない。眠い」
「眠気覚ましに紅茶でも淹れてもらう?」
「平気」
 薄青色の瞳が真っ直ぐに私を見上げている。私の心を見透かす空と同じ色。まだ眠そうなそれが、やっぱり私の心の内を覗き込む。
「夢と現実の違いなんて、大したことない」
 カナリアの歌声が響く。噴水の音がする。それ以外の――温室の外にあるはずの城の物音は一切届いてこない。薔薇達のお喋りも、カード達の稽古の掛け声も。
 ここが一体どこなのか。夢の中の夢のように、自分も居場所も気にならなくなる。
 やがて、夢を打ち破る言葉が聞こえる。

「空が」
 眠たげに瞼が閉じて、緩慢に開かれる。
「空が崩れる。鍵穴が見つかる。時は刻まれる」
 言葉を発したのは鼠だった。私はその言葉をただ心の中に取り込んだ。
 まるで水でも飲み込むように。言葉の『意味』は分からない。けれど、やはりそれも気にならないまま。

「メリル?」
 じっと見詰めていた瞳が数度瞬きをするのを見て、私はやっと息を吐いた。いつの間にか、彼が私の直ぐ傍に立っている。私より少しだけ高い目線。
「君は。リラ」
 メリルが私の名前を呼ぶ。名前を呼ばれて、私が誰だったのかを思い出す。
 深く息を吸う。途端に自分の要る場所を思い出した。

「君は、悩む必要はない。追い詰められる必要はない。君が変わろうとすれば周囲は君についていく決意を固められる。ただし。僕達はそれを強要しない。全ては、君の思うままでいい」

 カナリアの歌声に水の音。ずっと遠くで時計塔の鐘がひとつ鳴る。
 此処は夢の中じゃない。今の私にとっての夢の外側。現実。

「忘れないで。それを」

 そして夢を見る少年が、励ますように微笑んだ。