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小さな鍵と記憶の言葉

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 一人で角を曲がり、近道に空中庭園を抜ける。最近見つけたお気に入りの場所。三階の屋根の上のはずなのに、蔦だけでなく木まで根を張っている。まるで夢の中の風景を切り出したみたい。
 鳥籠のような硝子屋根の温室は、深い緑の中に落ちる木漏れ日が眩しい。葉の揺れる音に混じってカナリアの歌い声がする。もしかしたら本当に大きな鳥籠なのかもしれない。
 噴水の水。水面に映る花は牡丹に似ている。大振りで、八重咲き。花弁の縁がぐるりと紅い。
「いつ見ても、素敵」
 私は更に奥へと進んだ。この庭園は出口が二つ。そこを使えば東へ抜けるのに一番早い。上手くいけば3時前には戻れるかもしれない。
 真っ白なブランコが揺れている。私はそれを軽く揺らして、飛び越える。
 時間があれば、ゆっくり眺めていくんだけれど。
 ふと、木の陰がやけに長いことに気がついた。芝の上に伸びる木の根と、それを覆うように落ちる暗がり。その一部がただの陰でなく人影だと気付いたのは、陽光を反射する銀色の髪を見てから。
 安らかに寝息をたてている奇麗な横顔。知っている顔だった。
「メ――メリル?」

 チチチ、鳥の囀りが水音に紛れて響く。木の根の間に、体を丸めるようにしてひとりの少年が眠っている。
 私はその名前を呟いた。私より少し幼い、中学生くらいの見た目の少年だ。黒の革靴、膝丈のズボンに白いシャツ。胸元には細いリボン。彼の出で立ちは翻訳小説などに出てくる『寄宿舎の少年』を連想させる。
 けれどそれより幻想的な、彼の銀の髪。
「アリス?」
 影を落としていた長い睫がゆっくりと上がる。それはまだ不安定で、夢と現実の間を行き来していた。
「ごめん。通り道?」
 うとうとと言葉を返してくるので、私は慌てて首を振る。
「え……いいえ、こっちを通るから構わないけど……」
 短い言葉に補足すると、此処を通るために邪魔ならば避けようか、といった所だろう。とりあえず今では、その数少ない単語から意図を読み取れるくらいまでには私も馴染んでいる。
 ここは彼の管轄だから、居ること自体は妙なこともない。
 けれど私は、メリルの抱えているものを見詰めながら、
「もしかして、仕事の途中なんじゃない?」
 転寝する寄宿舎の少年。これで胸元に本でも抱えていれば完璧だと思うけれど、実際に彼が抱いているのは大きな枝切り鋏だった。刃先に緑の葉が残っているのを見ると、おそらく鼠の仕事の最中に眠ってしまったのだろう。ちょっと、いや、かなり危なそうに見える。
「そうだった、気もする」
 それでも《鼠》の反応はいつも通り、ゆったりと言葉を紡ぐ。弁明するように付け加えられる。

 そう、彼の役職は《鼠》。それは簡単な言葉にすると『庭師』に相当する。この広い城内の手入れを任されているのが彼。居眠りの多い彼は中でも《眠り鼠》と呼ばれているらしい。
 と言っても、彼以外の鼠に会った事はないのだけれど。