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小さな鍵と記憶の言葉

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 すぐ戻ると言い残し難なく閉ざされた扉に、困惑するのはセレスより私のほうだ。紅茶をすする私と、仕事中の彼。こちらは居住まいを正し何か会話はとあぐねているのに、相手は明らかに私を無視するようにしてテーブルの端に紙を広げている。

「あの」
「何か」
 顔さえ上げないまま切り捨てられれば、取り付く島もない。さらさらとペンを走らせる手元を横目で盗み見る程度しか歩み寄ることが出来なかった。
「良ければ、紅茶でもいかがですか」
「申し訳ないが、生憎職務中なので謹んで辞退させて戴きたい」
 やはり顔は上げてくれない。私は知らないうちに言葉を零していた。
「紅茶は嫌いですか?」
 初めてその眼が上げられた。しまった、と思った。けれど彼がそれ以上何も言わないので、更に喋る以外選択肢がなくなってしまった。だから私が、続ける。
「その……お茶会にも来て戴けなかったので」
「お茶会?」
 ぎろり睨まれて息を詰まらせる。目の奥に強い色が宿っている。
 この色には覚えがある。同じ部活のあの子が私に向けた色に似ている。そう、これは――拒絶の色だ。
 嫌悪を通り越した、無関心に裏打ちされた感覚。私は関心を引く程の価値はなく、受け入れることを諦めれば、それこそが拒絶だった。
「お茶会は嫌い――」
「思い出すものには、関わりたくないだけだ」
 だだっ広い執務室に、やけにセレスの声が反響する。何度も何度も、まるで、振り子の音のように。
 思い出すもの。
 何を、と聞くことは出来ない。聞く必要もない。誰をと聞いたほうが分かりやすいかもしれなかった。

「君は幼いな」
 口元が小さく歪んだ。笑ったようにも、呆れたようにも見える。
「強い言葉が返されればすぐに顔色を伺う。こんな微温湯のような城の中でちやほやされて、決定権を持ちながら誰かの賛同を求めずに居られない。押し切る度量もない。どうせ、此処にも無理矢理に連れて来られたんだろう」
 セレスはペンを放した。当たり前のように書面を白兎の机の上に置いて、重い扉へと手をかける。私は何も言えないまま、騎士の後姿を目で追いかける。姿勢の良い背中が扉の外に控えるカードに声をかけた。部屋を退室する旨と、今後の警備について指示を出しているようだった。
 それから、ふ、と炎の瞳が振り向いて。

「帰れ」
「セレスタイン――」
「アリスなど要らぬ。帰れ、向こう側に」

 また唇が、拒絶の弧を描いた。