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小さな鍵と記憶の言葉

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 最近よく、祖母の家に遊びに行ったときの夢を見る。
 どうしてだろう。あの時計塔の音が少し似ているせいだろうか。
 そうなのかもしれない。あの、店の奥の柱時計。真っ白だった文字盤に、規則的に時を刻む振り子の音。
 カチ、コチ、カチ、コチ。騒がしい居間を抜けた朝に、暑さから逃げた昼に、心細くて眠れない夜に、埃の香りのする部屋で一人、静かにその音を聴いた。時折絵本やクレヨンを持ち込んで、大人ばかりで退屈な遊び時間をゆったりと過ごした。
 『目が悪くなるわよ』。夕方になり見つかる度に母は、熱心に指先を動かす私を見て言った。
『だって好きなんだもん』。時計が好きだとは言わずに、秘密基地のようなその部屋を好きだと誤魔化して。それでも、変な子ね、苦笑されることに変わりはなかった。

 カチ、コチ、カチ、コチ。
 時計塔の振り子は見上げても見えないけれど、それは刻々と私を包み込む。その音に身をゆだねながら、目に見えない時間というものを体感した。
 でも、この城は――



「リラ」

 思わずびくりと背筋を伸ばした。まるで夢から覚めた心地で、長い耳を持たないウサギの顔を見詰め返した。
 何?と聞き返せば、溜息と笑顔が一緒にやってくる。
「紅茶がこぼれるよ」
 少し斜め前からかけられた声。彼は既に席についていて、壁へ直進していこうとする私の横顔を見ている。
「あ、ごめん。ありがとう」
「テーブルならこちらです」
 ちょっと前なら嫌味にしか聞こえなかった言い回しも、今なら冗談なんだと上手に受け流すことが出来る。
 時々思い出したようにくっついてくる敬語も普段のくだけた口調も、いまだにどちらが本当の白兎なのかは分からないけれど、だからといってそれが彼を敬遠する理由には、もうならなかった。
 執務室にノックが響く。白兎が応え、静かに扉が開く。
「どうぞ。――ああ、ジャック」
 会釈された頭がさらりと上がり、その瞳と視線がぶつかる。私はカップのふちから唇を離して、紅茶の変わりにと息を飲んだ。
「サインを」
 彼はごく短く用件を口にした。取り出したのは一枚の書面。先日私がソフィーナから預かったもので、騎士が署名するために一度手渡したものだった。ちらり、覗き込んだ文面はやっぱり読みきれない。フィンが受け取るのを眺めていると、あれ、と呼び止める声がした。
「待って。こっちにも記名が欲しいよ、セレスタイン」
 緩慢に振り向く騎士の顔が無防備に驚いている。その面差しはいつもより若く幼く見える。大人めいた棘がぽろりと取れて、内側に隠した純粋な表皮が現れてしまったように。
 フィンがインク瓶を浸したペンごと掲げた。セレスは仕方なく私の居る来客テーブルに近づいてきて、紙の上にペン先を下ろそうとした。
「終わったら僕の机の上か、アリスに頼んでも結構です」
「え、フィンは?」
「僕は今から三月兎に会いに行かないと」
 立ち上がりながら、見回りなんだ、と肩を竦める。窓の外を見る。時計の針は二時少し前で止まっている。