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小さな鍵と記憶の言葉

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 絨毯の廊下から脱出すると、先刻のジャックとクイーンが立ち話をしている場面に行き当たった。
 憮然と眉根を寄せる騎士。ソフィーナがその袖口を掴んでいる様子を見ると、和気藹々とは言い難いみたいだ。
「その名前で呼ぶのはよしてくれ」
 憮然と顔を背ける騎士へ、女王はうきうきと眩しい笑顔。
「だって、セレスタインなんて長ったらしくて」
「命名は私の責任ではない」
「じゃあ、やっぱりセレスね。可愛い名前じゃない」
 それとも愛称で呼んだほうがいい?にこりと微笑む彼女はとても輝いて見える。
 その双眸が、各々くるりとこちらを向く。一方は益々輝きを増し、一方は氷のように平坦になって。

「リラ!」
「こんにちは。ソフィーナ、セレス」

 クイーンの見様見真似で会釈を返す。本当は私が背伸びした会釈なんてしなくても彼女達は一向に気にしないだろうけれど、これだけは私の意思だった。辛うじてジャックも頭を下げたのを見て、ああ私はアリスなのだと妙に納得した。
「良かった。丁度今会いに行こうと思っていたの。はい、これ」
 手渡されたのはクリップで閉じられた紙片。英語には慣れてきたと思っていたけど、やっぱり専門用語が出てくるとどうしようもない。一番上に行間を開けて記されているのはおそらくタイトルで、辛うじて『時計』という言葉を読み取れる。
 それとも、この場合は『時間』なのかな。とりあえず仕事に関する書類が直接私の所に来ることは殆どないので、間違いなく白兎宛ての宅配なんだろう。
「フィンに渡せばいいの?」
「そう。それから、貴女のサインもね」
 どうして?尋ねると、裁判だから、と目を伏せた。一瞬前までの微笑みが嘘のように翳ってしまう。それを必死になって取り繕おうとするのが私にも判った。
 そうか、彼女は《クイーン》。この場所では司法を担う役職なんだ。この城やこの周りでどのように法の裁きが下されているのか、どのような裁判を執り行うのかすら未だ分からないままだった。
 私はその数枚の上質紙を抱え、執務室の方向に対して想いを馳せていた。ここからだとどこが最短のルートだとう。それとも、大人しく慣れた道を歩いたほうがいいのか。そのうちに、取ってつけた様にソフィーナがぱちりと手を叩いた。

「あ、そうだわ。この文書にはジャックのサインも欲しいのよね。書いてくれる?」
「申し訳ないが、書くものを持っていない」
「じゃあ後ででいいから、白兎の所に行って書き加えてね」
「最初に私が記して、その後にアリスへ渡したほうが効率的ではないか」
 ちら、と彼がこちらを見る。ほんの少しだけ、その燃えるような瞳と視線が交差した。

 その眼差しが何気ない風を装って避けられる。
 本当に、たった一瞬。瞳の色だけが記憶に焼きつく。
 私はその後も、こっそりと横顔を見上げた。名前を呼んでくれるのもやはり片方だけだ。