小さな鍵と記憶の言葉
第10章
10 消えていくもの 託されたもの “Loster then Hereafter”
ほんの少し、太陽が笑う青空。
もしかしたらここは現実なんじゃないかと、窓の外は私の故郷なんじゃないかと錯覚するような斑色。風に吹かれて急ぐその色をぼんやりと眺めながら、私はふかふかのソファに身体を沈める。
よく薔薇や給仕が通りかかる廊下の隅。この城は下手をすると廊下のほうが私の認識している『普通の部屋』の大きさなので、だだっ広い賓客室にひとり居るよりは、時折誰かが通りかかる場所のソファやベンチと一体化しているほうがずっと落ち着いた。
とは言っても、廊下でさえ家や学校のそれより広いことには変わりないんだけれど。私は顔馴染みの薔薇が淹れてくれた紅茶をずるずると啜りながら、それにしても、と天井へ目を巡らす。
それにしても、昨日のことがまるで遠い夢のよう。
大勢の友人達を招待してのティーパーティー。デコレーションケーキは好評だったけれど、自分でも一口食べてタツキの凄さを思い知る。そんな出来栄えだった。もちろん、初心者にしてはまずまずの出来。
「上手くなれるかな。ケーキ」
上手になりたいと思うのと同時に、アリスの真似にならないだろうかと不安にもなる。いずれにせよ、追いつけるとは考えていない。到底。
今度はオレンジ色の薔薇越しに、向こう側の廊下に目をやった。対岸の渡り廊下を一人のカードが歩いていく。前身頃と肩口に印章が三つ、装飾のついた剣。それらの表す階級は《騎士(ジャック)》だ。
昨日のお茶会には前持って役職就きの全員に招待状を送っていた。なのに来てくれたのは全員ではなかった。一人は丁寧に断られ、一人は捕まえることも出来なかった。今頃は蔵書室にでも篭っているのだろうか、会いたいと思ったときに必ず会えないのは何か意味があるのだろうかと思いながら。
ひとつが晴れたと思えば、また別の雲が広がる。輪郭はぼんやりしているはずなのに根底にはぐるぐると渦が巻く。
本当は、前のアリスを少しも意識しなかったと言ったら嘘になる。だから、あの人には来て欲しかった。
それは傲慢なのかもしれないけれど。
最後の一口を一気に飲み干して、立ち上がる。
作品名:小さな鍵と記憶の言葉 作家名:篠宮あさと