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小さな鍵と記憶の言葉

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「――タツキ」

 励ましの言葉の代わりに彼の名前を呼んだ。他に何と言ってあげればいいのかが見つからない。先のアリスのことも、未熟なアリスのことも。彼らのことにも。
 硝子のようだった瞳に漆黒が戻ってきた。その色が再び私を捉え、彼がやっと目の前に帰ってくる。

「ごめんごめん、少し喋りすぎたなぁ。これでも少しはマシになったんだよ? 少なくとも、こうしてアリスに打ち明けられるくらいにはね」
「私は、邪魔をしないでいられている?」

『私は、ちゃんとアリスでいられている?』

 思わず尋ねそうになって質問を替えた。
 これは彼に聞いていいものじゃない。この質問をするのは今じゃいけない。もっと聞くべき相手が、聞くべき機会があるはずだ。
 そうでなければ、私は自信を持ってその否定を受け入れられない。
 勿論だよ。タツキは笑う。
「君と出会ってまだ日は浅いけど、それでもリラは教えてくれたからね」
「何を?」
「それは内緒。今やめた質問を僕にくれれば引き換えに答えてあげるよ」

 冗談っぽく、にいっと口角を押し上げる。ああ、すっかりいつものタツキだ。その手にはいつの間にか鮮やかなケーキの並んだ皿が掲げられていて、寂しくなった陶器の皿の隙間を次々と埋めていく。
 お陰で招待客の面々は料理が差し替えられたのに気付きもせずお茶会を楽しんでいる。

「さて、そろそろキミのメインをだそうか? リラ?」
「それはいいけど、こっそり紛れさせてくれればいいよ。わざわざ私のだなんて公表しなくても――」

 私は消え入る思いで自分の作ったケーキを思い出す。
 正真正銘最初から最後まで自分で作ったケーキは、タツキに手伝ってもらったものとは一目瞭然の差があった。
 そういう意味では、私が作ったものだと振れ回っているも同然だけど。
 けれど、タツキはにこにこと笑うばかり。

「どうして? 折角可愛く出来たのに」
「駄目だったら、駄目!」

 尚も名残惜しそうな彼をなんとか落ち着けさせれば、いつの間にか夕陽がすぐそこまで歩いてきていた。
 常春の、やわらかな陽気。賑やかなお喋りの声。
 誰も彼もがめいっぱいお茶会を味わったのに、その後の夕飯も軽く平らげてしまったのは、ここだけの話。