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小さな鍵と記憶の言葉

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 その午後は程度よく晴れていて、ほのかに薔薇の香りのする穏やかな風の中で開催するお茶会はとても心地良くなりそうだ、と私はひそかに両手を握り締めた。
 もうすぐ時計塔の鐘が三時を知らせる。お茶会の始まりの時間だ。今日は大勢の知り合いに招待状を出したから、一体どれだけの人が集まってくれるのか、楽しみであり不安でもあった。

「そろそろだね」
 真っ白なテーブルクロスを直しながら、白兎が呟く。
 向こうでは三月兎がカップを整えていて、今日は賓客として参加してね、と頼んだにも関わらずああして手伝ってくれている。勿論アリス主催のお茶会だからといって私が全てを用意出来るはずもないから、二人の厚意はとても助かってる。
「サンドイッチもドルチェも並べたよ」
 料理長が満足そうに背を伸ばす。私はそれに頷いて、庭園の入り口へ目を向けた。賑やかな声がひとつふたつ、近づいてくる気配がする。

 迷路の生垣の向こう。英国庭園のこちら側へ。
 よく知った、薄茶の髪の青年に、旗袍に煙管の人影。スーツを着こなす優雅な女性と男性の二人組。白衣の博士風の男。ドレス姿の音楽家。手の空いた給仕に薔薇達。それから少し遅れて、眠り鼠を引きずる蜥蜴。思った通りの面々が庭園に集まってくる。
 そして三時の鐘が鳴る。

「今日はどうぞ皆さん、ゆっくりと時間を楽しんで行ってください」
 幾つもの笑顔、柔らかな視線。紅茶とバターの香り。
 こうして私の、正真正銘の『アリスのお茶会』が幕を開けた。

「今日はリラの料理やお菓子が食べられると聞いて楽しみにしていたんだ」
 テーブルの一つに陣取りながら、ジョシュアが笑う。私は真っ白なカップをテーブルに置いて、慌てて首を振った。
「私のだなんて、ほとんどタツキに手伝ってもらって作っただけなのに」
 それに更に首を振るのは、一仕事終えたパティシエ……ならぬ料理長。サンドイッチの並んだトレイからひとつをつまんでいる。
「そうでもないよ。向こうのサラダやサンドイッチはリラのお手製だし、これから出てくる『主役』だってリラが作ったんだから」
 主役だって?それは楽しみだ。口々に期待を述べる知人達の表情は柔らかい。この期待を裏切らなければいいのだけど。それから、どこで聞いたのか帽子屋がウミガメを振り仰いで、
「ところで、聞いたよ、タツキ。料理がマトモに出来るようになったんだって?」
「それもリラのお陰だよ」
 帽子屋の視線を受けていたウミガメが、今度はふっとこちらを振り返った。感心と関心を含んだいくつもの瞳。
 私はくすぐったくなって、はにかんだ笑みを浮かべた。