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小さな鍵と記憶の言葉

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 城壁に囲まれた真っ白な城。その敷地は長年遣えたものでさえ未開の地があるほど広大で、新芽の薔薇や新入りの蛙は複数組で行動を義務付けられている。そうでもなければ仕事が滞ってしまうためだ。
 そんな中、一人で散策しているものは意外と少ない。いるとすれば役職就きくらいなものだろう。事実、時計塔側の『三月兎の庭』を目指す彼も役職就きの一人だった。薄茶の髪を後ろで束ね、緑の目で薔薇の生垣を眺めながら、機嫌よく鼻歌等を奏でている。

 彼の名はジョシュア。役職は議長・帽子屋。左手にクリーム色の封筒を携えて、馴染んだ場所を目指す。
 とは言っても、今日は気紛れにお茶をご馳走になりに行くのとは勝手が違った。その証に、東屋で突っ伏している人影と、その脇でのんびり読書に勤しむ人影を見て声をかけた。

「おやおや、ここは集合場所だったかな?」
 彼の声に顔を上げたのは長い藍髪の男の方だけだった。もう片方の人影――突っ伏した少年は変わらずに昼寝を続けている。

「やぁルーシャ。君が出てくるのは珍しいね」
「珍しいも何も、他ならぬアリスの呼び声だからな」
 言いながらもう一頁先を繰る。視線は既に紙の表に戻っていた。
 旗袍姿の青年はルーシャ。役職で言うと芋虫だった。対して眠り続ける銀髪の少年は、見た通りの眠り鼠。
「メリルは相変わらずだね。ところで、二人はどうして此処に?」
「問題はそこだ、帽子屋」
 藍色の髪を耳にかけながら彼はまた頁を繰る。それから僅かに口角をあげて、反応を伺うように僅かにジョシュアを見た。

「私は先を急ぎたいが、何せ道案内がこの様でな。放っておくことも忍びないので、鼠のお守りを探していたところだ」
 探していたと言う割には、優雅に本を読んでいたように見える。彼は栞を挟んで、卒のない動作で立ち上がった。
「では、後は頼んだ」
「頼まれても困るんだけどね」
 そう笑う青年も、さして困っているふうには見えない。ルーシャは本をテーブルの上に置き、代わりにクリーム色の封筒を手にしている。よく見れば銀髪の少年もその封筒を枕にしていて、皆の目的が同じだと口にせずとも分かる状況だった。
 どうやら、彼女は顔馴染みを一通り招待したらしい。随分賑やかになることを期待しつつ、帽子屋はテーブルに落ちていた薔薇の花弁を一つ拾い上げた。
 そして、タイミング悪く通りかかる人影が、またひとつ。

「皆さん、こちらにいらしたのですか」
「おや、ケイ。君も招待を受けたのかな」
 小走りに近づいてきた蜥蜴に目を留めて、帽子屋は微笑んだ。いえ、僕は給仕ですから、少年は控えめに笑い返した。

「じゃあひとつ頼んでもいいかな」
「はい、何でしょう」
「この鼠を起こしたら、三月兎の庭まで連れて行ってくれるかい」
「わかりまし……え、あの」

 みるみる困惑に満ちる表情には気付かないふり。既に立ち去ってしまった芋虫を見習って彼もまた、鼻歌を再開させたのだった。

 ――さあ、宴まではあともう少し。