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小さな鍵と記憶の言葉

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 厨房に戻ると、その内装は外出前とは一変していた。
 ううん、正しくは、壁や調理台全てがなにやら派手に飾られているのだ。それも違う。意図的に飾られているのではなく、事故的に飛び散っている。クリーム色だった壁にはニンジンのペーストやトマトの皮?元々ペースト状だったのかどうかなんて判別がつかない。
 犯人は尋ねなくても分かる。私とフィンは、室内で憔悴している二つの影を見比べてから犯人でないほうに声をかけた。

「また上手くいってないの?」
 厨房の端で所在無げに佇んでいた彼は、私たちと一緒にその人を盗み見てから小さく頷いた。
「健闘はされているようですけど」
 トカゲなりの精一杯のフォローらしい。調理台の上に伸びていた(項垂れているのかもしれない)その人が、のそりと頭を上げる。
 コックコートの彼の手には、フライパン。中身が何処に行ったのかなんて考える必要もない。

「どうしてなんだと思う?」
 地面を這うほどに低い声が、彼の口から発せられる。ぐるりと廻らされる首。今にも泣き出しそうな瞳。思わずびくりと背筋を縮める。
「どうしてドルチェは上手く行って、メインが壊滅するんだと思う!?」

 そんなこと、私に聞かれても!!
 口に出して抗議したいけれど、タツキのすぐ傍らに転がっている包丁が怖くて出来ない。

 そうなのだ。何故かこの城の料理長《ウミガメ》は料理長のくせに料理の腕がひどくアクロバットなのだ。
 鍋をかければシチューを宙に舞わせ、包丁を握れば材料が全て壁飾りに変貌する。繊細な作業が苦手なのかと思えば、デザートを作るのは大得意という、全く不可解な腕前をしているのである。
 勿論、料理だって充分時間をかければ極上の味が出来上がるのだけれど。

「と、とにかく、まずはその先入観を捨てればいいんじゃないかな」
「先入観?」
 フィンが呼び寄せた薔薇や蛙達が後片付けをする中で、私はボロボロの料理長と向き合った。最初に手にかけていたデザートのほうは、大事をとってケイが食堂のほうへ避難させていたようで無傷だった。その代わり、オードブルのほうは姿がない。
「そう。タツキは料理が苦手?」
「うん」
 仮にも料理長が即答だった。一瞬言葉を失いかけたけれど、めげずに続ける。
「……お菓子作りは得意なんだよね?」
「うん。好きだ。あれは心が躍る」
 普通はお菓子のほうが繊細な作業を要求されると思うんだけれど、どうして料理のほうがこんなに混沌と化すのだろう。

「私が思うに、そこだと思うのよ。苦手とか嫌いとか、出来無いとか考えちゃうんじゃなくて、自分は料理が得意なんだ、って心で取り組めばいいんじゃないかな?」
 苦し紛れの提案に、何故か偽ウミガメ……ちがった、ウミガメは目から鱗の表情をしている。

「そうか、嫌いなものだと知らずに食べれば何ともないってやつだね!」
「そ、そうだね」
 きらきらと輝き出す彼の瞳。その腕が高く振りかざされたので少々身構えてしまう。びくり、縮み上がる肩を支えるようにタツキの手が添えられる。