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小さな鍵と記憶の言葉

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「如月さん?」

 校門を出たところで、誰かが私を呼び止めた。
 振り返ると、それは良く知った顔で。今日も音楽室で顔を合わせたばかりの、いわゆる部活仲間。楽器は違うけれど同じ学年で、去年はクラスも一緒だった。

「あ、七瀬さん」
 つり目がちな瞳と、整った眉。一見勝気そうなその風貌は同時に知的な影も含んでいる。さらさらの黒髪を風になびかせながら、左腕には黒い楽器ケースを抱えている。そうか、最後まで聞こえていたサックスは七瀬さんだ。ぼんやりと考えていると、彼女の視線も同じように私の抱える楽譜に注がれている。
「今帰りなの。頑張るのね」
「え、うん。上手くいかなくて」
 ふうん、と声に出さずに納得して、七瀬さんは平坦な声で相槌を寄越した。
「一心に練習をする姿を周りに見せて、部長の座を狙うつもりかしら」

 目を逸らしそうになったところで、思いがけない言葉が私に向けられる。とっさに見つめ返す。やっぱりその両目はどこまでも真っ直ぐだ。

「貴方、最近調子良くないものね。腕がないなら、一生懸命さを売りにするしかない?」
 その顔は真剣だった。揶揄や冷やかしではない。
 ましてや冗談を言っているようには見えなかった。

 正直言うと、私はこの人が苦手だった。
 私の目を逸らしていることを、的確に指摘してくれる人。勿論彼女には後ろめたさなんて無くて、多分純粋に、私の中途半端さが疑問なんだろう。本当はひどくイライラしているのかもしれない。けれど彼女は、そんな子供っぽい感情を表に出すような人間じゃない。

「私は、そんなつもりないよ」
「そう。でも、負けないから」
 二の句を告げられずに立ち尽くす。彼女はそんな情けない私を一瞥すると、苦そうに眉根を寄せた。

「逃げてばっかりいるような人には、絶対に負けないから」

 そう言って、鞄を肩にかけ直しくるりと背を向けた。さよならと付け加えて私とは反対方向に歩いていく。
 すっと伸びた背筋、風を切るさらさらの長い髪。
 そういった彼女の全てが、私には眩しい。


「……ほんともう、嫌だなぁ……」

 私は、演奏出来るだけでいいのに。
 人の上に立つことは苦手だし、そんな器じゃない。
 けれどその言葉が核心を突いたのも事実で。

 だから彼女の遠ざかる後姿を見ながら、私はただ苦笑するしかできなかった。